りんりん同盟
ホームルームが終わると、私の席の周りは、あっという間に人だかりでいっぱいになった。悲しいのは、目的が私じゃなくて、隣の席の日下部さんを囲むためということだ。
「入学式から遅刻って、めちゃくちゃ肝据わってるね」
「私も寝坊怖くて結局寝て無くて……今、眠気ピーク」
あの登場シーンからしたら、一躍〝時の人〟になるのは当然の結果だろう。数名のクラスメイトたちのマシンガントークを浴びながら、彼女は朗らかに笑ってみせた。
「いや~、まさか、港についてから乗り換えアプリで検索したら『到着まで四時間』って出るとは思わなかったよね」
「何それ? てか、港ってどっから来たの?」
「飛島だよ。酒田港から船出てるの。分かる?」
「あ、わかる! 小学校のとき、子供会で泊まりに行った!」
船と言うワードに、ついつい聞き耳を立ててしまった。潮風が恋しいところに、海の話題。そして、おそらく同じ港町育ち。第一印象がアレだったので、正直どうしたものかと思っていたけど、一気に日下部さんへの親近感が上がっていた。
ちょっと話してみたい……けど、この聖徳太子状態が落ち着くまでは、取り付く島がなさそうだ。単身で飛び込んでいく度胸はちょっとないし、仕方なく、横目にその姿だけ伺う。
印象だけで言えば、可愛い子だった。どっちかと言えばキツネ寄りだけど、愛嬌のある顔。たぶん、表情が豊かなんだろうなと思う。セミロングよりちょっと長いくらいの髪の毛は、地毛か巻いてるのか分からないけど、先っぽだけくるとカールしていた。よく見たら、うっすらと化粧もしている。先生に怒られないくらいのナチュラルメイク。とすれば、たぶん髪の毛もコテだろう。
お洒落にはそれなりに気を遣っているのが見て取れた。
「学校間違えたって言ってたけど、あれどういうこと?」
クラスメイトが、半分茶化すように問いかける。それ、私も気になってた。日下部さんは、流石に恥ずかしそうにはにかんでみせた。
「南高校って言うから、すっかり鶴ヶ岡南のことだと思い込んでたんだよね。それで入学式に間に合う時間に島を出たら、この有様ってわけ。『四時間』の表示見た時の絶望感、わかる?」
「何それ! てか、受験したなら分かるでしょ?」
「あたし推薦で。しかも遠方だから、面接とか全部リモートだったんだよね」
「それでも、学校間違えるってことないでしょ、ふつー」
ケラケラとじゃれ合うような笑顔が咲いた。遠方から来たって言うなら、他に知り合いもいないだろうに。だけど日下部さんは、すっかりクラスの中心だ。人柄もあるんだろうけど、今にして思えば、あの特大遅刻もいいアクセントだ。
いろいろと〝持〟っててずるい。
私だって立場は同じはずなのに、ここまで実に無難に過ごしてしまったおかげで、単なる得体の知れないクラスメイトAに収まってしまっていた。周りの人も退きそうにないし、今日はもう帰ってしまおうか……一対一ならまだしも、流石に初日からこんなにたくさんの人と会話して、ちゃんと仲良くできる自信はなかった。
「てか、タオルでもハンカチでもなくって、手ぬぐいなんだね。ウケる」
「え?」
「え?」
日下部さんが驚いたように目を丸くして、つられて私も声をあげてしまった。声が被ったものだから、思わず互いに視線があって、慌てて私の方から目を逸らす。
まいった。手ぬぐいのこと、当たり前のように受け入れてしまっていた。
そっか、一般的な女子高生にとっては、手ぬぐい持ち歩くって普通じゃないんだ……言われてみれば当たり前のことなのに、これまでの私にとってはあまりに日常的なアイテム過ぎて、完全に盲点だった。
あれ……てか、私も今日、ハンドタオル代わりに手ぬぐい持って来たかも。鞄の中身を確認することすら怖くて、今日は家に帰るまで、トイレを我慢しようと決めた。
私が目を逸らしたことで、日下部さんは少しだけ不思議そうな顔をしていたけれど、すぐに笑みを浮かべてクラスメイトたちに向き直った。
「あたし、剣道部だったんだ。まあ、高校も剣道しに来たんだけど。だから、タオルとかよりこっちの方が使いやすくって」
また、思わぬ共通点発見。本当なら嬉しいことなんだろうけど、今の私にとっては、いくらかお近づきになるのに気が引けてしまう要素だった。高校生活は剣道から離れるって決めたんだから。仲良くなって、誘われたりしたら嫌だな。でも、貴重な一年一学期のお隣さんで、すごくいい人そうなのに……うまく剣道やってたことを隠して、友達になれないかな。
ぐるぐる考えてたら額から嫌な汗が噴き出してしまって、私は鞄から拭くものを取り出して拭った。同時に「あっ!」と、日下部さんの素っ頓狂な声が響いた。
「もしかして剣道部!?」
「ええっ!?」
どうして?
なんでバレたの?
それこそ、まだこのクラスで一言もしゃべってすらいないのに!
仲間を見つけて嬉しそうな日下部さんは、綺麗な指先で私の顔を指さす。それから、自分が経った今握りしめているものが手ぬぐいだってことに気づくのに、そう時間は掛からなかった。
さっと、顔から一気に血の気が引く。おかげで汗も引いてくれたけど。
そんな私のことなんてお構いなしに、日下部さんは手ぬぐいを握ったままの私の手をとって、ぶんぶんと強制握手を交した。
「なかま~! 名前、なんていうの!?」
「あ、秋保鈴音ですけど」
「りんね? あたし、竜胆だから『りんりん同盟』だね! よろしく!」
「よ、よろしく……?」
勢いのまま自己紹介をしてしまったけど、これは渡りに船と言っていいんだろうか?
それとも、身から出た錆……?
奇しくも目論見通り、友達になれそうな気はした。でも、私が望んでいた方法とは、一八〇度違った形だった。
「――てなわけで、友達はできそうなんだけど、面倒なことになっちゃったかも」
家に帰った私は自室のベッドにこしかけて、親友のあやめに電話をかけていた。相変わらず荷解きが終わっていない部屋は大惨事だけど、今は新しい学校生活のことで頭がいっぱいだった。
『日下部竜胆ね、知ってる知ってる。元・飛中のエースだ。鈴音も、東北の練成会で合ったことあるんじゃない?』
「ええ……覚えてないなぁ。でもあやめが知ってるってことは、強いんだ?」
残念なことに、学校で彼女を見たときには、全く記憶の琴線に触れるものがなかった。そもそも、他校の生徒で個別に名前と顔を覚えている人なんて、一握りもいない。
『実力はあるはずだけど、全国には上がれなかったよね。山形ブロックは、須和黒江の一強だったから』
須和黒江――その名前を聞いてドキリとする。私にとっては、先に言った「一握り」の中のひとり。そして、私が剣道をやめる決意をした間接的な――いや、ほとんど直接的と言っていい原因だった。
『でも、下部大会の東北ブロックとかだと、結構いいところまで行ってたと思うよ。噂じゃ、始めたの中一らしいけど』
「げっ……天才型じゃん」
噂でしかないにしても、ゲンナリしてしまう情報だった。こちとら小学校から道場に通っていたっていうのに、それを後から来た人から追い抜かれていくことほど、気分的に惨めなものじゃない。
「はあ……でも、悪い子じゃなさそうなんだよね。むしろ、きっと、めちゃくちゃいい子。一番の友達になれそう」
『あやめちゃんを差し置いて、それは聞き捨てなりませんなぁ』
「あはは、大丈夫。親友のポジションは、いつだってあやめにとっとくよ」
苦笑すると、あやめも満足げに笑みを返してくれた。
「だけど、もうすでに前途多難だよ。一緒に剣道部の見学行く約束しちゃったし」
『え~!? あんなに剣道辞めるって息巻いてたのに!?』
「いや、だって……」
あの勢い&悪気のない顔で「一緒に道場見学いこう!」なんて言われて、断れる人はいないんじゃないかな。もちろん、一度は「断ろうかな」って考えが過ったけど……ここで断ったら私の印象サイアクで、もうそれ以上仲良くなれないような気がしてしまって、怖くてできなかった。
もちろん、友達になれそうな子が日下部さんただひとりってわけは無いだろうけど、少なくともまだご尊顔すら拝見していない真後ろさんは、そんな話をしている間にとっくに下校してしまっていた。空っぽになった後ろの席を見て、日下部さんと繋いだ手は、今は離しちゃいけないなって思ってしまった。
「見学行くくらいなら、付き合いってことでいいかなって……それだけだよ」
『う~ん、そっか』
あやめが、どこか残念そうに唸る。
『もし鈴音がそっちでも剣道してくれたら、そのうち大会で会えたかもしれないのにね』
「はは、それは無理だよ。ああ、でも、補欠で応援席とかならあり得るかも」
『え~、何それ!』
互いに冗談のつもりではあったのか、どちらからともなく笑い合っていた。ただ、私のそれは、自分でもびっくりするくらい乾いた笑いだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます