第16話【新体制】

 枢密院に十三人は多すぎる。宰相と王女は珍しく一致した見解ににこやかな笑みを返した。あの権利章典から幾らか過ぎたころ、ようやく議会は結成された。貴族から成る貴族院と商人や庶民からなる市民院である。議会には予算編成と立法の権利が与えられる代わりに、王政繁栄の義務を負う。一見して議会政治にも見える新体制には幾つもの欠点があった。これは元老院からの圧政からであった。


「本当に王室と王政の財政を別けて良かったのかしら。ユリシア、これで良いのよね?」

「あちらも驚いていたでしょう。どれだけ財政が悪化しようと議会や元老院の責任にできます。予算編成も含めて王朝から予算を分離するのです」


 すっかり相談役になったユリシアは今日も今日とてシルフィーナの元にいた。あの狂人たちの住む実験所には毎日通ってはいるが、やることは理論研究や植物管理が大半である。そのため王女の顧問役の一人として参加する事態になっていた。


「王室の予算は削られるのでは?」

「そうならないために新体制があるのです。まず貴族院と市民院、そして元老院の特性から復習しましょう。これからの本番に備えて」


 ユリシアの講師役にシルフィーナは苦笑いしながらも相槌を打った。制度については専制公などという地位を持つ彼女よりも、実際に働いたユリシアのほうが詳しい。おそらく宰相に勝る知恵がある。


「まず二院制にしたのは貴族の権威と権力が強すぎることにあります。既得権益の現状維持を図る宰相陣営が元老院のみの一院制に固持したのはそれが理由です。なので均衡として市民院があります」

「市民院は投票で決まる。被選挙権と選挙権を持つ男女が、二百名の代議士を選ぶのでしたよね?」

「その通りです。この投票にはシルフィーナ王女も筆頭選挙管理人として参加されたので、詳しい部分は省いてもいいでしょう」


 選挙権は一定の税を納める男女に与えられる。市民院には貴族紋章官が認定している貴族は立候補ないし投票をすることはできない。被選挙権は王国の都市を人口順に並べていき、上位二百人分の議席を配分する。このとき移民は計算しない。投票で選ばれた二百人は晴れて議員として任を得る。ただし王国は農業国家の特色から地方への開墾と定住が進んでいる。そのため地方ごとに公民会を結成して政治に参加できるように取り計らう必要があった。いずれも成人を迎えた15歳以上の者が対象である。


「つづいて貴族院です。王国にはつい先月まで領地持ちの貴族しかいませんでした。宮中伯の制度を導入することで貴族院は成立しました。こちらも選挙で選ばれることに変わりはありませんが、定員は百名でほとんどの議席を身売り貴族が占めています」

「その名は不名誉ではなくて?」

「貴族の義務は兼ねてから所領の繁栄と防衛、開発でした。それを放棄したのは事実ですから」


 ユリシアも毒舌を吐くようになった。誰の影響かは不明だが、話はともかく貴族院である。貴族たちは王国三百年の歴史と大陸規模の戦乱によって栄枯盛衰がはっきりしてきた。肥える貴族もいれば、貧しくなる貴族は当然いた。貧しいものは王国からの恩赦と大商人からの借金で領地を経営していた。なかには重税を課し、市民を奴隷として流す家も存在していた。それに禊を打つ形で貴族院を作ることが決定した。貴族院に参政できるのは領地を王朝に返還した宮廷貴族、または領地持ち貴族で当主と後継者を除いた次男以下の親族のみである。ここから百名が選ばれたが選挙は意外にも慎ましく終わった。


「やはり大貴族では、これほど高い給金でも動じませんか。政治家には様々な恩恵もあるのですが」

「貴族の懐は王室も把握していません。今回の選挙は貯蓄の試金石になったとも言えるでしょう」


 貴族院と市民院の報酬は同じである。最近開発した紙幣で渡すことが条件だが、報酬は大司教の年俸に匹敵する。この条件のため市民院は苛烈な選挙戦になる一方で貴族院は定員確保に奔走した。


「殿下。貴族院と市民院には立法と予算編成権があると説明しましたが、では元老院や枢密院との関係性について、どこまで把握されてますか」

「二院制の議会政治になった以上は、これから両院の決定が王政を左右するのでしょう。けれど実際に権力を把握するのは元老院と枢密院です。元老院は大貴族が集まった助言、諮問機関であり、おそらく立法を審査するうえで最大の障壁になります」

「付け加えると元老院は元からある特性上、単独での立法も可能です。そして、すべての立法を認可する最高機関こそが枢密院となります。新しく発足する枢密院は規定九人、これは王室から三名、元老院から三名、そして両院から三名が選ばれます」

「なぜ宰相は元老院の代表なのかしら」

「さて。貴族は魑魅魍魎の巣窟ですから」


 両院からはそれぞれの議長と代表指名選挙を経て誕生する最高議長が担当する。そして枢密院はこの九人の全会一致、もしくは多数決によって立法が承認される。だがここには大きな落とし穴がある。それは最高議長が必ず両院の代表者でなければいけないという点である。つまり専制公や宰相の名前を書くことはできず、大貴族などもっての外である。


「誰になるかしらね。最高議長は」

「本来の最高議長は宰相なのですけれどね」

「宰相の今の肩書は、執務長かしらね」

「あの人は、どう立ち回るのでしょうか」


 まだ三権分立が存在しない時代。小さな変化が王国に芽生えようとしていた。のちに最高議長に決まったロートル・ハッシュバルドだった。


「混乱期の変革は大抵失敗するものだ。なぜなら失敗の本質を為政者が理解できないからである」


 専制公シルフィーナと謁見する際に、ロートルは真面目な顔つきで答えた。彼は髭の濃い壮年であった。元は大商会を興した創業者であり、今回の選挙戦において圧勝した金の亡者である。落ち着きのある彼は商人と学者の地位を持っていた。


「閣下は市民権の拡大や大開墾をなさろうとしている。だが王国に必要なのは生活の安寧である。田畑を持ち、家庭を育み、愛する人とともに暮らすことが至上である。ならば我々が行う第一歩は税制統一である。次に貴族の圧政から逃れること。それから発展は生まれるのです。私に任せていただければ、王国財政と商業を倍にしましょう」


 聡いユリシアとシルフィーナは悟った。目の前にいるのは政治的怪物である。ロートルは衰えを感じさせない覇気のある瞳で王女を貫いた。


「閣下。私に国を預けてはみませんか?」

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戦略級英雄の討伐論 犬山テツヤ @inuyama0109

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