同志
フレデリカとルーベウスが部屋に入ってきた時、イグニディスは真っ先に疑問を浮かべた。なぜ、呼んでもいないのに、このタイミングで来たのかと。それ以外に感情はなかった。というより、心を無にしていた。
(僕は、一人でもヴァルハラードを討てる力を手に入れた。兄さんはもう、僕とは関係のないところで、自分の好きなことができる)
そんな中、フレデリカが、膝をついて頭を下げる。
「すまなかった」
「……?」
「イグニス君。君は、契約による不利益を知っているはずだ。一般魔法が使えなくなる。それを踏まえたうえで、これしかないと思って手を出した。私は、君がこう出ることを、予測のうちに入れられたはずだ。だが……何も手を打たなかった。これは私の怠慢が招いたことだ。」
「ま、待ってください!」
イグニディスが何か答えるより先に、ルーベウスが叫んだ。
「フレデリカさんは悪くありません。これは俺の責任です。俺――イグの兄なのに、こいつのこと、ちゃんと分かってあげられなかったから」
「君に責任があるとすれば、私にもあるのだよ。私達は、ただの仕事仲間ではない」
フレデリカは姿勢を変えずに続ける。
「特殊魔法研究部の職員は全員、外出に著しい制限をかけられている。面会時間も限られていて、城外の家族や友人と、なかなか会えないし、話せない。私達は公私共に、悩みがあれば相談しあい、知恵を出しあい、互いに扶助する必要がある……」
語尾はすぼまっていた。イグニディスは、彼女の言外の思いを察する。支えあうには信頼が必要だが、互いに、それを構築できなかった。実際、イグニディスは、仕事の上ではフレデリカを信頼していたが、プライベートな話をする間柄ではないと考えていた。
「信頼は、しろと言われてできるものじゃない。言葉ではなく、肌で感じてもらうべきだと、私は考えていた。でも――新しい職員を迎えるのが久しぶりで、正直、失念していたけれど。普通はなかなか、職場の人間に私的な悩みを相談しようと思わない。初めに宣言すべきだった。信頼しあおう、身内のようになろうと。言わなかった私にも落ち度がある」
「それは……」
彼女を責めるつもりは毛頭ない。ただ、もし、彼女に相談できると分かっていたなら、結果は違っていただろう。フレデリカは上司であり、年長者だ。彼女なら、ルーベウスや自分では思いつかない、新たな解決手段を導き出せたかもしれない。
(必要なのは、一人で戦うことじゃなくて、広く、他人に頼ることだったのか)
魔獣の時もそうだ。五人で戦っていたのだから、うまく連携を取りあえば、大怪我をせずにルーベウスを庇えただろう。世界には選択肢があふれている。もっと早く、それに気がつくべきだった。
「ごめんなさい」
イグニディスは謝った。
「ごめんなさい。禁忌を犯しました。これは僕が悪いんです。他は誰も悪くない。フレデリカさんも、ルーも」
「いや。俺がしっかりしなかったせいだ。フレデリカさん、お願いだ。処罰は俺も一緒に受ける。イグはまだ怪我が治りきっていないし、精神的にも参っていた。俺が」
「まぁ、待ってくれ」
フレデリカはやんわりと言葉を制した。
「これは、決して褒められた事じゃない。ただ……イグニス君は、異精霊契約に成功したのだよね?」
「はい。まだ力は試していませんが、実感はあります」
「だったら先に、それについて詳しく解析しよう。処分うんぬんはそれからだ。本当に成功したのなら、我々はようやく、ヴァルハラードと同じラインに立てたんだ」
ヴァルハラード。その名を聞いた瞬間、イグニディスは体の血が熱くなるのを感じる。あの男を殺せるのなら、自分は何だってやってやる。ただし。
(一人で突っ走っちゃダメだな。研究部の皆がいるんだ。えっと……、身内)
まだ、彼らを身内とは思えない。けれど、そう捉えて良いのだと分かった今、時間さえかければ、気持ちは変化していくだろうと思えた。ヴァルハラードには皆で立ち向かう。それでも、ルーベウスに対しては、自分の勝手で巻き込んだという意識が消えなかった。
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