おぞましい眼差し

 その夜、イグニディスは頭を抱えていた。反省と目的意識の板挟みである。今回のことで、自分は重い処罰を受けるべきだと思う。一方、ヴァルハラードを討ちたい気持ちは変わらない。研究を、進めたい。

「フレデリカ様は寛大なお方です。きっと、温情ある処置をして下さりますよ」

 部屋に来たプディルが、背中をさすって慰めてくれる。一人で抱え込んでもろくな結果にならないので、思い切って、彼女を相談相手として呼んでいた。年も近いし、何より、話しやすい雰囲気がある。こんな事を言うのも何だが、プディルは、よく躾けられた愛玩犬という印象なのだ。

「貴方は、ヴァルハラードを倒すために異精霊契約者となった。研究部の目的の一つは、彼を葬ることですから、きちんと合致していますね」

「でも、僕は勝手なことをしたよ」

「それはそうですが、情状酌量の余地があります。ジルゴ村出身の貴方にとって、ヴァルハラードを倒すことは悲願なわけですし」

 プディルがそう言った時、外からドアをノックされた。ルーベウスが顔を出す。


「邪魔して悪ぃな。そろそろ十時になるんだが」

「うわ、もうそんな時間? プディル、遅くまでごめん」

「大丈夫ですよ。相談して頂けて嬉しいです」

 彼女を廊下まで送る。同じフロアの住民なので、遅くても帰宅に支障は出ないが、さすがに疲れただろう。


 見送った後、部屋に戻ると、ルーベウスが使用済みのティーカップ二つを洗ってくれていた。

「あ、ありがとう」

「いいさ。傷口はあまり濡らさない方がいいだろ。それより……イグ」

 作業を終えたルーベウスが、手を拭き、静かにこちらを見る。

「どんな罰が下されようと、俺はお前の傍にいるからな」

「いや、ルー。もう大丈夫だよ。無理しなくていい」

「え?」

「本当にごめんね。僕、君を振り回していた。ルーには色々な道があったのに、僕がそれを狭めてしまった。君は、身内をあの男に奪われていない。ジルゴ村だって、君にとっては、いくつかある村の一つに過ぎない。僕、そんなことちっとも考えないで――」

「お前、それ本気で言ってるのか?」

 まだ喋っている途中だったが、ルーベウスは鋭く声を飛ばしてきた。

「おい。本気か?」

「えぇと、僕なりに、冷静に考えたら、そういう結論に……なった」

 彼の剣幕にたじろぎつつ、イグニディスはしどろもどろに答える。対し、ルーベウスは長々とため息をついた。


「はぁー……酷ぇな。俺とお前は兄弟じゃないのか?」

「そうだよ」

「だったら、お前の身内は俺の身内だ。村もそうだ。確かに、俺はジルゴ村で育っちゃいない。だがあの村は、お前や叔父さんの故郷だ。それだけで、肩入れするには十分なんだ」

「でもそれは、頭で考えた理屈だろ。君、あるの? ヴァルハラードに対する憎しみが」

「ある」

「即答だね」

「疑うか? じゃあ数秒くれ。お前をヴァルハラードだと思って睨んでみるから」

 ルーベウスはその場に立ったまま目を瞑る。イグニディスは漠然と、彼の横顔を眺めていた。


 少しして、ルーベウスは目を見開く。反射的に、イグニディスは彼と距離を取り、口をぎゅっと引き結んだ。そうしないと声を漏らしそうだった。

 彼の眼差しの奥には、粘着質な闇がある。憎悪、怨嗟、憤怒――わずかに嫉妬も。負の感情が煮詰められ、ドロドロとあふれ出していた。こんなの見たことがない。まるで悪魔だ。

「も、もういいよ」

 恐る恐る言うと、彼はハッとまばたきをする。雰囲気が一転した。

「俺は――」

 顔を隠すように、ルーベウスは右手で頭を抑える。なぜか、彼の腕は少し震えていた。

「こ……これは違う。いや、違うわけでは……」

「ルー?」

「頼む、イグ。こんなこと、もうさせてくれるな。身内に向けたい顔じゃねぇよ」

 うん、とイグニディスは大きく頷く。こんな風に睨まれるのは、ただの一度で十分だ。

「とにかく、何があろうと、俺はお前の隣に立つからな。頼ってくれていい」

 それは、むしろ「頼ってくれ」と言っているようにも聞こえた。

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