特殊魔法研究部への誘い

 翌日、ルーベウスはイグニディスを見舞った後、休憩スペースの長椅子に腰を下ろした。気分は非常に暗鬱だった。今日も、イグニディスの元では一切魔法が使えなかったのだ。さらに別の問題も出てきた。今後の見通しである。


 きっかけは昨日、医師の一言だった。

『意識が戻りましたので、傷がある程度治りましたら、イグニディスさんには退院して頂きます。病床の確保が必要ですので……。あとはご自宅で療養してください』

 イグニディスは両手が不自由なので、誰かが彼を介助する必要がある。ルーベウスは、それをやる人間は、身内以外ないと思っていた。だが機動隊員は、全員が例外なく王城内の寮を自宅とし、任務に応じて各地に赴任する。つまり、身内の看病が難しい状態にある。実家に戻せばディアナ達が面倒を見てくれるはずだが、規定により、隊員が寝泊まりできるのは指定された場所のみとなっている。希望の場所を申請することもできるが、隊長に尋ねたところ『新人が、負傷による療養で実家を希望した場合、申請が通るケースはほとんどない』そうである。先輩も同じことを言っていた。さらに。

『酷な話だけど、傷病者は機動隊にとってお荷物なのよ。働けないのに、手当ては出さなきゃいけないから。上はそれを避けるため、申請を通さないのよね。辞職狙いよ』

 三年以上勤めた人や、功績のあった人なら、実家療養の申請も通るそうだが、イグニディスには当てはまらない。そもそも、隊長の命令を無視した行動を取っていたため、良い印象を持たれてないようだ。はりきりすぎた、と言えばそれまでだが。

(俺が悪いんだ。俺のせいで……機動隊員として立場を確立して、ヴァルハラードを倒すっていう計画が潰れてしまう)


 場所の申請はもう出した。また、自分の任務は当分、城下町付近で行えるものに限定してもらえないかという打診もかけた。上には「検討とする」と言われたが、期待できない。

(ディアナ達は、寮には絶対入れないしなぁ。隊員も、アガサキ以外には知り合いがいねぇし。……いっそ、辞めて新しい職を探すべきか? でも、どの職なら、ヴァルハラードを倒す機会に恵まれるんだ?)

 機動隊を希望する前、イグニディスと二人で、あらゆる求人に目を通した。結果、一番いいと判断したのが機動隊だった。

(いっそヴァーゴ城で働いて暗殺を……いやダメだ。下働きじゃ、接近の機会なんて無いだろう。だが、役職が高ければ高いほど、身元の調査が厳密になる。ジルゴ村の生き残りなんて、知られた時点で殺される)

 万事休す。思わず「あー」と声を出して天井を仰いでしまう。そのさなか、ピンポンパンと、軽快な音が耳に飛び込んできた。院内放送の合図だ。


『ルーベウス=ツキカゲ様、お客様がお見えです。一階、個別面会室の四番まで来てください。繰り返します……』

 ルーベウスは重い腰をあげる。

(もしかして隊長か? あるいは、隊長の代理か)

 此処は二階だったので、階段を使って一階に降り、4という札のかかったドアをノックして入室した。


 意外にも、中にいたのは隊長ではなかった。一人の若い女性。格好は、王城内や、改まった場でよく見かける服装だ。ベルトのついた紺色のローブ。胸ポケットには銀糸で、ユグドラ国の紋章が刺繍されている。

「初めまして、ルーベウス様。私、こういう者です」

 相手は身分証を見せてきた。名はプディル=ギンレイ、十八歳。所属は、王都・王城内特設研究チーム、特殊魔法研究部。

(プディルって本名? 犬みたいな名前だな)

 ふわふわとした柔らかな茶髪、丸くて黒い、大きな瞳。ついプードル犬を連想した。さすがに口には出さなかったが。

(特殊魔法研究部? 聞いたことないぞ。王城内の役職は、イグと一緒に、全部調べ上げたと思ったが……)


「早速ですが、本題に入らせて頂きます」

 こちらの思考をよそに、相手は淡々と話を進める。

「ルーベウス様。イグニディス様と共に、特殊魔法研究部に入っていただけませんか」

「え……あっ?」

「我が研究部には五名の職員が在籍しております」

 ルーベウスが目を白黒させているうちに、彼女は身分証をしまって説明に入る。

「一人が産休に入り、現在は四名で回しております。職員の補填が火急の案件となっていました」

「職員が足りないなら、公募すれば良いのでは?」

 当たり前のことを言ったつもりだったが、プディルは「いいえ」と首を横に振った。

「研究部の責任者が、第二皇女のフレデリカ様なのです」

「待て――いや、待ってください」

 ルーベウスは額に手を当てる。頭痛持ち体質なら、ズキズキきてるだろうと思った。

「フレデリカ様は、王城に軟禁されているはずです」

 彼女は三年前「信仰する宗教は、各自、心のまま決めるべし」と発言し、ウィクトリア教側から猛反発を受けた。今なお、表舞台から姿を消している。

「ええ。あくまで軟禁ですから、城の中で何をなされようと、フレデリカ様の自由です。外交や内政の諸問題に関わる代わりに、彼女は、国の平和を守るため、日夜、魔法研究に勤しんでおられます。ですが、このことをウィクトリア教団に知られたくありません。したがって研究部の存在は極秘、職員も公募せず、直接、声がけをしております」

「それで、俺らが選ばれたってことか。選んだ基準は何ですか?」

「理由は色々ありますが、一つに、ロシュミット氏からの推薦状があげられます。また、入隊試験の成績も素晴らしいものです。我々は、試験結果が開示された後、機動隊の総括責任者に、貴方がたを引き抜きたいと申し出ました」

「それで、今回、許可がおりた?」

 プディルに頷かれ、ルーベウスは震撼する。悪い予想が当たった。想像していたのとは違ったが、イグニディス、そして自分は、機動隊から切り捨てられたのだ。

(俺まで切ったのは、働きが悪かったせいか。それとも機動隊なりの配慮か。イグと一緒にいられるように?)

 捨てる神あれば拾う神ありだ。


「研究部では、何を調べているんですか? えっと……特殊魔法って?」

「その名の通り、特殊な魔法。普通の魔法とは異なるものです。その効果は強力で、悪しき者の手に渡れば国が滅びかねません。我々の役割は、その魔法の解除方法を確立させ、国の平和に寄与することです。それと」

 プディルは一度言葉を切り、深めに息を吸ってから、また口を開いた。

「我々は、ヴァルハラードが、その魔法の担い手ではないかと疑っております」

「ヴァルハラードが?! じゃあ、研究部に籍を置いたら、何らかの形で、ヴァルハラードに関わることが――」

「もし彼が本当に、その特殊魔法の使い手であれば、我々こそが、彼を倒す者となります」

 ルーベウスは生唾を飲む。ヴァルハラードを倒す機会……喉から手が出るほど欲しい。

「ただし、当研究部の研究員には、いくつもの制限が課せられます。まずは行動範囲です。勤務中、勤務外ともに、原則、王城内にとどまって頂きます」

「勤務外も?」

「はい。私用での外出は原則禁止。家族との面会は可能ですが、事前に届け出が必要です」

「かなり厳しいですね」

「ええ」

 プディルは頷いた後、安心してと言うように微笑んだ。

「ですが、王城内は、城下街に負けないほど広大で、あらゆるものが整っています。医療しかり、娯楽しかり。常に最新の設備が用意されますから、困ることはないでしょう」

「それはまぁ……。それより、イグは療養が必要で、俺は、あいつの看病をしながら働きたいんです。できますか?」

「ええ、十分に配慮させて頂きます。我々はお二人を求めていますので」

 言いながら、プディルは懐に手を突っ込み、上質の羊皮紙を二枚出した。

「こちらが契約書となります。お渡ししますので、どうぞ、持ち帰ってイグニディス様とご確認ください。同意されましたらサインをお願いします。イグニディス様は拇印でも構いません。明日、今日と同じ時間に、国営・ドルギア魔力精霊研究センターのフロントにお伺いします。その時、お返事をお伺いできればと思います」


 最後に秘密厳守と念を押された後、ルーベウスは書類を片手に面会室を出た。急ぎ、病室に戻る。心はほとんど決まっていた。大怪我をしたイグニディスまで雇ってくれる所なんて、ここ以外にはないだろう。何より、ヴァルハラードと接する機会があるかもしれない。だが、それは当分伏せておく。イグニディスのことだ、聞いたが最後、傷も治らないうちに、仕事をすると言い出しかねない。今は療養に専念させたい。

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