第3話月夜の白狼とちっぽけな勇気
「旅人、武器は」
アクセルは背中の大剣に手をかけながら言った。俺自身に反撃する手段はない。ジークの顔を見る。守護龍ならどうかしてくれるはず。そう思ったからだ。だが、ジークは自分の非力さを強調するかのように、ブンブンと首を振った。
「この小さな身体から分かるように、今、我は力を失ってしまっている状態なのだ。あるモンスターの戦いで、激しい損傷を受けて……だから多分、我は雄弥より弱いだろうな。力になれず、すまない」
ジークは申し訳なさそうな声で言った。それをみたアクセルはにやっと笑いながら、ムーンウルフを見据える。
「ふん、1VS1だろ? 対等じゃねぇか。お前らは安全な所で見学してろ。さ、行こうぜ『スピリットカイザー』!」
アクセルが大剣……スピリットカイザーを振り上げる。黒色の刃に深紅のライン。素人が見てもただの剣では無いと一目でわかる。恐らく、伝説の剣クラス……RPGなら、宝箱に入ってるような武器……そんな感じだ。
「行くぜ……そりゃあ!」
アクセルは脳天まで上げた大剣を、力いっぱいにぎりしめ、ムーンウルフへ向かって振り下ろした。
どがん。大きな音が、砂ぼこりと共に広い草原に鳴り響いた。これは、大剣がムーンウルフを斬り潰した音なのか?
「やったか!」
ジークが希望のこもった声で叫んだ。確かに、あの一撃を叩き込めば、立っていることは出来ないだろう。ただ、俺は少し不安だったのだ。だって、ジークのあの言葉、絶対フラグじゃん……
「ウゥワァァァガォォォ」
「げ! 外した!」
「やっぱりかー!」
思わず声が漏れた。あまりにも流れがスムーズすぎるだろ!
「ふむ……夜という環境条件もあるが……命中しなかったのは他の要因があるな」
「他の要因?」
「ああ。あやつ自身の技量が足りんのだろうな。今、あいつはあの剣に振り回されてる状態だ。このままだと、何回降っても当たらん」
「そ、そんな……」
ガックリと肩を落とす。こうなったら、もう俺が戦うしかないのか……?
「グルル……」
まずい。ムーンウルフが攻撃態勢を整え始めた。アクセルは攻撃の反動で動けない。このままだと、もろに食らうぞ。
「アクセル、避けろー!」
「ウォォォォン!」
ムーンウルフはアクセル目掛けて一目散に走り出す。速い。俺たちはアクセルを守るため、必死に走る。だが、馬力が違かった……
「ぐぉぉぉぉ!」
ムーンウルフの牙が、アクセルの肌を切り裂いた。
「アクセルー!!!」
俺はアクセルの元へと駆け寄った。幸い、ムーンウルフは後方へと退避している。いくなら、今しかない。
「おい、大丈夫か! おい!」
アクセルの胸をバンバン叩く。胸元に傷は無い。だが、その右腕は激しい損傷と共に、赤黒い液体が滴っている。
「く……こいつは、強い。俺たちじゃ、太刀打ちできねぇくらいにな……」
アクセルは悲しそうな声で言った。ばか。なんでそんなに死にそうな声で言うんだよ!
「おい! そんなこと言うなよ! 倒すんだろ? あいつを!」
必死に呼びかける。でも、アクセルの顔は曇ったままだ。
「……俺はもう無理だ……だから、お前らだけでも……」
「何言って……」
逃げろってことか? そんなの、出来るわけねぇだろ……助けてもらっておいて、逃げ出すなんて……出来ねぇ!
「ムーンウルフ! 俺が相……」
俺はアクセルを守るため、前に立とうとした。だが――
「あ、あれ……おかしい……身体が……」
脚が重い。肩が重い。まるで凍りついたように。
「雄弥! 何をしている! ずっとそこにいるだけでは危険だ!」
そんなこと分かっている。でも、でも……
「こんな時に限って……ビビってるとでもいうのかよ……くそ!」
無力な自分への怒りを、拳に乗せて地面に叩きつけた。俺の身体は、人1人さえ救えない。ムーンウルフなどという単純な恐怖のせいで、ビクともしない。
「……お前、名は」
アクセルが小さな声で呟く。なんで、こんな時に名前なんて。そんなことを思いながら、渋々答える。
「……雄弥」
俺がそう言うと、アクセルはふっと息を漏らした。
「そうか。ユーヤ……ありがとうな。こんなオレのために、ここまで身体を張ってくれて」
「そんな! 俺は何もしてやれなかった! ムーンウルフに立ち向かうことも! アクセルを救うことも!」
情けなさを言い捨てる。おい、感謝しないでくれ。俺は臆病で、弱虫で、どうしようもない。そんな俺に感謝なんて……
「いや、ユーヤはオレに素晴らしいことをしてくれた。そう、『オレを頼ってくれる』っていうな」
「頼る……?」
俺が聞き返すと、アクセルは掠れた声で答えた。
「ああ。オレは、誰かに頼られたかったんだ。でもオレは馬鹿だし、どれだけこの丘で修行しても強くなれない。だから、誰も頼ってくれない。そんな時に来たのがお前だ。カッコつけたかったんだよ、お前の前で。それが、こんなことになろうとは……」
「おい、しっかりしろ! アクセル!」
「早く逃げろ。オレだって、長くは持ちそうにないからな……最後に1つ。ありがとうな……」
消えそうなほど小さな声。アクセルはそれを発した後、静かに目を瞑った。
「お前……会って数時間の俺たちに、そんなこと……」
後悔と申し訳なさの塊が涙として目から零れた。アクセルは、こんなに俺たちのことを大切に考えてくれていた。彼は彼なりの『勇気』を見せてくれたんだ。俺には無い『勇気』を。
「絶対に、こいつを死なせてはだめだ」
そんな思いが心の奥からふつふつと煮えたぎってくる。これは、勇気の炎だ。アクセルから引き継いだ聖火だ。
「グォォォォン!」
「また来るぞ! よけろ、雄弥ー!」
ジークは叫ぶ。でも、俺は避けない。
怖い。逃げたい。助かりたい。そんな感情をぽんと地面に捨てて、立ち上がる。俺はアクセルを、守るんだ!
「うぉぉぉぉぉぉぉ!」
飛びかかってきたムーンウルフに向かって、ありったけの力を込めた拳を叩きつける。
その拳は勇気の炎をまとい、顔面を捉え、その身体を後方へと吹っ飛ばした。
「キャォン!」
「はぁ、はぁ……これが俺なりの勇気だ! 馬鹿みたいに弱い勇気かもしれねぇ! でも、今だけはこいつを、絶対守りきる! 何度でも、かかってこい!」
地を舐める狼に向かって、仁王立ちしながら見下す。誰かを守る、そう覚悟した漢の強さを、舐めるなよ!
「よくやったぞ雄弥! あとは我に任せろ!」
ジークの声が響いた。でも、お前は力を失ってるんだろう? それなのに……
俺はジークの方を振り返る。そして、俺は驚愕した。
「お、お前……その炎は……」
そう、ジークの口から大量の炎が盛れ出していたんだ。その姿は、まるで本物のドラゴン。身体は小さいままだったが、その威厳と風格は確かだ。
「ああ、雄弥の勇気ある行動が、我の力を少しだけ取り戻させたのだ! この力なら、奴を殲滅することが出来る!」
へっ。おかしなこともあるもんだ。勇気が巡り巡って、ピンチを救う矛になるなんてな。
「さぁ、最後に決めようぜ!」
「そうだな、雄弥!」
「これが、俺たちの想いを乗せた必殺技!」
天高く拳を突き上げ、精一杯叫ぶ――
「勇気の炎帝波だぁぁぁぁ!」
俺が叫んだ瞬間、ジークの口から、凄まじい熱光線が発射された。周囲の草木を焼き消しながら、ムーンウルフ目掛けて一直線。その威力は只者では無い。まるで、小さな太陽が出来たと感じるほどの熱さだ。
「グギャァァァァ!」
ムーンウルフはもろに熱光線を浴び、跡形もなく消し飛んだ。
「はぁ……はぁ……これが、守護龍の力だ!」
息を切らしながらジークが言った。そこで俺はようやく、戦いが終わったのだと実感した。胸から、ふつふつと熱い気持ちが湧き上がってきた。
「やった、やったぞ! 俺らは勝ったんだ! 生命のピンチを、乗り越えたんだー!」
高揚感を抑えきれないまま、勝利の雄叫びをあげる。その声は白月に見守られながら、遠く遠くまで鳴り響いていた。
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