第13話 伸びしろ中華そば
「……どう?」
「80点」
「マジかよ……。何が問題? 手打ち麺? それともスープ? チャーシュー? 値段? それとも別の――」
「伸びしろ。いつも通りの80点。安定だけど、つまらない。2番手、3番手がちょうどいい、って感じ」
「伸び、しろ……」
「あははははははは!! 手厳しいね、嬢ちゃん! というわけでお前はもうちょっと修行修行! 俺みたいな85点ラーメンが作れるようになってからじゃないと店は継がせらんないからな」
「親父だってあんま変わらないじゃん!」
「ん? でも俺は78点から85点までノンストップだったし、いつもアドバイスもらえるぞ? これって伸びしろ、あるってことでいいんだよな? 嬢ちゃん」
「うん」
「はぁ。なんだってんだよ。そんなに変わり種のラーメンを作れるのがすげえのかよ。俺は王道で、俺だけが作れる究極の、食った瞬間全員が美味いって言わせられるラーメンを目指して毎日研究して……遊びにだって行ってないってのに」
「……やっぱり、まだまだ」
「え?」
「あははははは! よくわかってるな、嬢ちゃん! いつも通り試作会は料金いらねえから俺のもこいつのも余った麺も遠慮なく全部食ってくれや」
「うん」
月に1回のラーメン試食会。
親父はそう言ってこの会を設け、常連さんにアドバイスをもらいながら定期的に新作のラーメンを出している。
そのせいか、うちのラーメン屋は常連さんだけでなく新規のお客さんも訪れやすい、ラーメン屋にしては軽い雰囲気を持ち、評価されるのはいつも新作のラーメンばかり。
王道のラーメン、俺が一番好きな、とうの昔に親父が捨てた中華そばはほとんど出ない。
それが悔しくてずっとずっともっと美味いを目指しているのに……この女性の常連さんはいつも80点。
一体全体どうすればこれを超えられるのか。
そもそもこの女性の常連客が100点を出すとこなんてあるのか?
それに伸びしろなんて不明確なものを採点に入れるような客なんてどうかとおもうんだけど――
「ごちそうさま」
「ありがとうございました! 嬢ちゃん、今日は随分と早く食い終わったけど、量足りなかったのかい?」
「もうちょっと食べたい――」
「ならおかわりも出そうか」
「けど、今日はこの後あるから」
「もしかしてデート……。いや、これはセクハラになっちまうか。とにかく、また試食会やるからきてくれよ」
「うん」
女性の常連はいつもと違い早々に退店。
いつもおかしなぐらい大食いの彼女なのに。体調でも崩したか?
「……。やっぱり、うち以外にお気に入りの店見つけたってのは本当っぽいな?」
「お気に入り?」
「他の常連さんが前に中華料理屋、ほら今話題の中華料理屋『喜々快々』で見たって話しててな。たぶん今日もそこに行くんじゃないか?」
「でもあそこって卵スープとか棒棒鶏とか、鳥屋じゃないの?」
「一応ラーメンとかもあるらしいぞ。一階も行ったことないからわからんけど、美味いんかね?」
「そんな流行りの店がうちより美味いなんてありえないだろ」
「どうだかなぁ。流行るってことはお客さんのニーズに応えられてるってことだからそこそこ――」
「親父はお客さんに媚び売ることばっか考えてるからそんなこと言えるんだな。プライド、ないのかよ。悔しくないのかよ」
「彰(あきら)、それはな――」
「俺、ちょっとその店行ってくる。今日は元々定休日だから構わないよな」
「……ああ」
親父の何とも言えない表情。
ちょっと言い過ぎたと思いながら俺は店を出た。
何が流行りの店だ。一風変わった新作ラーメンだ。
俺のラーメンが、王道が一番に決まってる。
◇
「――いらっしゃい!」
「やっとか」
店の前には行列に並ぶこと30分。
俺はようやく店内に入ることができた。
店を見渡すと、やはりあの常連の女性客もいる。
一体この店のラーメンがどの程度のものなのか、早速味合わせてもらおうかな!!
「――なんか、美味くないな……。これ食いに来てるって、マジで言ってるの?」
常連の女性客が頼んだものと同じ中華そば。
その味は正直なところ、今時の冷凍ラーメンとどっこいかそれ以下。
これを伸びしろがあると評価しているなら、あの女性客は馬鹿舌でしかな――
「チャーシューは……悪くないな。ささみって、珍し」
相性はあんまりだが、ささみチャーシューは美味い。
客層を考慮して急遽乗せた感が強いけど……このラーメン、王道なのに客に寄り添っている。
ま、全体としては50点もないけど。
……。これが伸びしろ、か。
分からなくもないけど……そこまでじゃないだ――
「あのお客さん、常連さんってことでちょっとご相談なんですけど……。実は新しいスープができまして、ちょっと試食してもらってもいいですか?」
「わかった。でも大盛でね。……。出来たの? 美味しいの」
「前のよりは……ですかね。まだまだ改良しないとですけど。意見とかあったら教えてください。参考にしますから」
忙しいだろうに女性客の元へやって来た店主。
1人で回してるにしてはどこか余裕を感じる。
料理のレベルはあれだけど、相当手際がいいのだろう。
にしても、新しいラーメンか。
「――お待たせしました。中華そばです」
「見た目、綺麗」
ずっと新しいラーメンの動向を気にしているとついにそれが運ばれてきた。
どれだけ客に媚びたラーメンが来るのかと思っていたが、それは間違いなく王道の中華そば。
それなのにそれなのにそれなのに……。
「これ! おいしい!!」
どうして女性の常連客はそんな顔を見せているんだ!
気になる。気になりすぎる!!!!
「て、店主! その、代金は多めに払うから、その、俺にもあれと同じもの出してもらえないだろうか?」
「え? あ、了解です。それと料金は普通のものと同じでいいですよ。普通盛り600円で」
600円? 新作だってのにもう食材を安く買い付けられる方法が?
いや、そもそもだからってその料金は今時のラーメンで安すぎないか?
「――はい。お待たせしました。新中華そばです。お客さんもできれば意見聴かせてください」
「ありがとうございます。いただきます」
安い食材で作った可能性が高い。
それにこれはあくまで中華料理屋のラーメン。
期待し過ぎは良くな――
「な、んだ、このスープ……」
まずはレンゲでスープを一口。
魚介はカツオ出汁? そして鶏ガラを炊いたシンプルなスープ?
食材的に変わった雰囲気はないはずなのに、なんで、なんでこんなに美味いんだ?
それに脂っぽ過ぎず、このスープならささみチャーシューとのシナジーもある。
だからと言って物足りなさはない。
この一杯は王道なのに……飲み干しても罪悪感がない、この店の客のためのラーメン!!
こんな、王道でこんな寄り添い方ができるなんて……思いもしなかった。
「ただ……。麺とそのほかの食材、男性客用の王道。店主の言うようにまだまだ発展させられる一杯。もしこれに俺の知識とが加われば一体どうなるのか……。この伸びしろ、俺がここの客に合わせて……。合わせる、か……。そうか、その考えを見下して、俺は押しつけがましい一杯しか作れてなかった、と。……店主!」
「はい、お伺いします!」
「このラーメンの完成俺にも手伝わせてください。……違うな。俺にこのラーメンを教えてください!」
「え?」
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