第8話 脂肪燃焼棒棒鶏
「これ今話題の卵屋さんの新メニューってSNSに乗せるから映え映えに盛ってね!」
「だから卵屋じゃないって。それとそんなに目新しいメニューじゃないからそんなに動画映えは――」
「いいからいいから! うわ、その茹でてるお肉美味しそう!」
「……まぁいいや」
俺は真波の撮影を一旦無視して調理を再開。
普通の鶏肉に比べて火の通りが早いのか、ささみはぷっくと膨らみ、1つ切って断面を確認してみると十分に色は変わっていた。
肉自体の見た目は変わらないが、やはりダンジョンで手に入った食材は様子が違う。
そもそもこれだけ茹でて灰汁が出てこないのもおかしいし、下処理に時間を掛けたわけでもないのに見た目からはパサパサ感がなく、それなのに触ってみるとホロホロと裂ける。
強めにまな板の上で押してみるとハンバーグくらい肉汁が溢れるが、割いた時はそこまでではなく、べちょべちょになることはない。
脂のベタつきは一切ないし、色は限りなく透明なのにキラりとダイヤモンドのような煌めきも感じて……。
「見る人が見れば……いや、素人目でもなんとなく凄いのが分かるかも」
――ごくん
その証拠に真波の唾を飲み込む音が俺の元まで聞こえてきた。
さっさと完成させて俺も味を確かめさせて貰うか。
きゅうり、トマト、さらにもやしを茹で、水気を切って盛り付け。
大盛りのささみを割いてその上に乗せると野菜たちに肉汁が垂れていく。
たれは芝麻醤、豆板醤、醤油、砂糖、胡麻油、花山椒、生姜、にんにく、辣油、味噌、酢を混ぜ合わせ多めにかける。
なんの変哲もないそれのはずなのに、シズル感は他とは比べ物にならない。
「よし、棒棒鶏……マッスル棒棒鶏完成!」
「おお! でも料理名ださ。それにパッと見は新メニューっぽくないね」
真波の言葉を無視しつつ、早速厨房からそれと米、それに持ち帰り用の卵を持ち出すとようやく俺は朝御飯の時間を迎えることができた。
「はてさて、味の程は――」
「いただきます」
俺よりも早くまずは真波が立て掛けたスマホの前で1口。
アイドルにしては大口だけど、昔から旨そうに食うんだよな。
そのせいで身体がちょっと出過ぎなところもあるっぽいけど。
「うっまああああっ! じゃなくて、美味しい! これ本当に茹でただけ?香ばしくてほろっと簡単にほどけるのに、お肉に弾力もあって……ステーキ食べてるみたいなんだけど! 前菜じゃなくてか完全にメインじゃん! お米! これはお米が欲しくなるうっ!」
「そんなに旨いの? どれどれじゃあ俺も……。……。……うまぁ」
濃いめのタレが負けないほど肉の旨味を感じる。
だからといって臭みはなく食べやすい。
しかも噛めば噛むほど肉汁が口の中で広がるから、それによって満腹感をかなり刺激してくれる。
脂のくどさもないし、真波の反応的にもこれは女性ウケ最高……ってあれ?なんか身体が火照って……。って真波の顔……。
「これ、発汗作用もあるのかな? さっきから汗が止まらないんだけど」
「……。……。……」
「ん? どうしたの? まさか顔にご飯粒ついてた!?」
「そうじゃないんだけど……。ちょっと顎の辺り触ってみ」
「え? もしかして私もっと恥ずかしいことに……。……。……。あれ?私顎周りこんなにすっきりしてたっけ?ん?そういえばなんか身体が軽いような……」
自分の異変に気付いたのか自分で自分の身体をまさぐる真波。
そしてそれに釣られるように俺も腹をつまむ。
……。やっぱり。明らかに余分な脂肪が消えてる。
「……。とんでもない食材を引き当てちゃったな」
「おおおおおおお! 見て見て見て見て!私のお腹引っ込んでる!」
「おお! って、ちょっ! それは無防備過ぎるって!」
「お腹だけだからセーフセーフ。むしろ見せたいんだからもっとじろじろ見てもいいんだよ」
「え? じゃあ遠慮なく――」
「エッチ」
「なんでそうなる!」
「あははは!冗談、冗談だって! いやぉそれにしてもとんでもないねこれ。動画編集してbefore画像とafter画画像貼って、チャンネルにもアップロードして……。これ、久々に忙しくなってきたかも! レッスンとか営業だけじゃなくてこっちも頑張れば……全然ワンチャンスある! そうと決まればとにかく……んっ、あ、ぐっ、んんっ!」
「おいおいおいおい、あんまり急ぐと喉つまらせ――」
『ビ、がガ……。ダンジョン外、保護区喜々快々へのアナウンス許可申請が自動承認されました。ランクシステムが解放されました。現在ランクC。ランクアップすると身体能力が自動的に向上され、ダンジョン内でのみ反映されます。ランクによる一部エリアへの侵入制限が行使されています。侵入できるエリアが増えました』
唐突に流れたアナウンス。
保護区という言葉とか侵入できる場所が増えたとか気になることはいっぱいだが……。
「今日はもういいや。俺もたっぷり飯食って寝よ」
「じゃあ写真も動画も自由に使ってok?」
「お好きにどうぞ。でも一応食品のチェックがあるから3日は――」
「じゃあ来週投稿しとくね!リプ、ちゃんと頂戴よ!んー、美味しい!」
来週……か。
まだ稼ぎ的にバイトは雇えないし、気張らないと店が回らなくなったり……なんてことはないか。流石にね。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。