第4話 俺はアンチ
――中華料理屋『喜々快々』。
俺、佐藤久志は先代の店主の時は週3でここに通っていたコアなファン。
そして2代目に変わり45歳となった今では速攻クソリプを送るアンチ。
それほどまでに俺はここの、あの親父の料理に心酔していた。
特にあの卵スープはサラリーマンの俺の荒んだ心と洗い流し、嫁さんという絶対権力によりお小遣い制を導入されている俺のカラカラの財布と胃を満足させてくれていた。
それなのに久々に来てみりゃあ……味が濃いだけでコクも何もないカップの即席スープ以下のもんにワンコイン。
そりゃあアンチにもなる。
他のメニューも決して美味いとは言えず、2代目の褒められるところといえば俺みたいなアンチもブロックだけはしないというところだけ。
それだって言い換えれば自衛ができていないだけとも言えるが……。
「ふぅ……。一応前に来たときは適当にまた来るって言っておいたけど、まさか本当に来ることになるなんてな。はてさて、見た目だけじゃなければいいんだけど」
本当の意味で愛すべき店を失ったそんな俺だったが、2代目のSNSに批判を書き込んでやろうと思った矢先、あの画像が目に入った。
『喜々快々』名物真っ赤な卵スープ。
他の店では絶対に出てこないあれを2代目がついにあれを復活させてくれたらしい。
だが、俺はぬか喜びしないために勘繰る。
店の人気が落ちすぎて虚偽の画像をアップロードしている可能性だってある、と。
しかしそう思えば思うほど、先代の卵スープの味が舌に蘇り、俺の口の中は涎で溢れ……ついに再来店することに。
画像が今時の若者に受けたのか、先代の時と比べてまだまだ人は少ないものの、程々に人はいるのか、外で待っている人が1人。
なるほどこれがバズるということらしい。
「――いらっしゃいませ!! あっ……」
「大将、卵スープセット」
「……。あいよっ!」
少し待って俺も店内に。
元気だけはいっちょ前の店主は俺の顔を見ると一瞬顔を引き攣らせた。
SNSのアイコンを自分の顔にしているのが、完全に仇になっているとは思ったものの、俺は年下のそしてあの味を引き継がなかった2代目に対して決してへりくだることなく注文。
『卵スープセット:300円(ご飯おかわり一回無料、卵おかわり自由)』
やけくそ?
先代の時よりも安い価格設定。
しかも卵おかわり自由は間違いなく採算が取れていない。
どうやら追い込まれた2代目は頭がおかしくなってしまったらしい。
まぁ俺や他の客にとってはありがたいことだけど。
この値段なら多少まずくても許してやるし、人が来るのも分からんくない、か。
「――お待たせしました! 卵スープセットです!」
「見た目は、あの時のままだな。……。いただきます」
手を合わせて挨拶。
早速レンゲで卵スープを一掬い。
とろみは少なく、さらりと脂が流れる。匂いは胡椒が効いているが動物性の特有な香りはない。
肉はなく、具は卵と白菜とネギと白ごま。
全部があの時のまま。
嫌でも期待で胸が膨らんでしまうが、まずかったら批判しようという意志だけは常に持ち、裏切られた時の保険を掛ける。
そうして俺はレンゲから口の中にスープを移動。
「……。……。……。店主」
「はい、お伺いします。柄のご注文ですか?」
「いいや、そうじゃなくて……。その、あの……すみませんでした。俺店主を、あんたを若いからって見下して批判して……。またこの味を、復活させてくれてありがとう」
「……。こちらこそ、またいらっしゃってくださりありがとうございます」
「……。唐揚げももらえるかな?」
「あいよ!」
罪悪感と感謝。
この卵スープはアンチだった俺の汚い心を全て洗い流し、いつの間にか店主を呼んでしまっていた。
それだけこの卵スープは美味い。美味すぎる。
中年になった俺でも無限に飲めるかもしれない優しい味わいと、それでいて損なわれていない満足感。
そして一気にかき込んだ卵かけご飯をこの卵スープで流し込む瞬間は至福の一言。
これで300円? こんなに美味くておかわりもできるならちょっとお高めで1000円払ってもいいぞ。
揚げ足をとるところが一切ない。
上司の愚痴も嫁の我儘も全部全部卵スープと一緒に溶けて流れていくみたいで……。
「――ふぁ……。最っ高」
「はいお待たせしました! 特製唐揚げです」
「おお、ありがとう。……卵スープ美味かった」
「それは良かったです」
「もっと値段上げてもいいから、今度は俺が死ぬまで、いや一生この味を継がせていって欲しい。絶対また、明日も来るよ。さて、この唐揚げもきっとグレードアップして――」
――サク。
「……。店主」
「はい?」
「ここは卵スープ屋、というか卵料理屋にした方が良くない? これはまずいよ」
「ははは、SNS含め悪口言うようなお客さんは卵のおかわり1か月禁止にしましょうか?」
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