棒棒鶏

第5話 マッスル

『【卵屋喜々快々】の真っ赤な卵かけご飯!』

『【卵屋】の赤い黄身が最高だった件』

『卵食べ放題の【卵屋】でいやしい奴』


 あの卵スープセットの提供が始まってから約3週間。


動画めっちゃバズってんなあ。ネットの記事も掲示板もSNSもちょちょろ店の名前出てるし、卵が無料で手に入るからやっと経営が軌道乗った感あるなぁ。


 でもさぁ……。


「……。うち中華屋なんだけど!! 卵屋ってなんやねん!!」


 俺は店内で盛大にツッコミを入れていた。


 閉店ギリギリまでお客さんが残っていることも増えて、身体は嬉しい悲鳴できつくなっているはずなのに、ツッコミをしないっていう選択肢はなかった。


 どいつもこいつも卵屋卵屋卵屋って……。

 全然他の注文出ないのやばいんだよ!

 折角仕入れた肉も野菜も減りが悪すぎて廃棄が減らなくて勿体なくて、俺のまかない飯が日に日に増えて、下っ腹に脂肪がどんどん蓄積されてるんだよ!


 いっそのことこれを消化するためにバイトでも雇おうかな?


「一難去ってまた一難だよ。まったく。……。ダンジョン行こ。あ、そうだ。どうせならあいつらに野菜持ってってやるか」


段ボールに野菜を詰め込んで一先ずダンジョンに向かう。


 チキンチキンたち、というよりダンジョンのモンスターは餌が必要なくていつも元気いっぱいに卵を産んでくれているがたまには差し入れを持って行ってやってもいいだろう。


 チキンチキンが食肉としても優秀なら卵だけじゃなくてそっちでも使ってみたいけど……そうすると卵が間に合わなそうなんだよな。


「――おーい! 差し入れ持ってきたぞ! イキリ爺、今回卵はどれぐらいとれた?」

「ごがぁ!」

「おいおいおいおい! どうしたんだよ、そんな慌てて」


 俺がダンジョンの扉を開けると、イキリ爺が何かを求めるように駆け寄ってきた。


 涙を浮かべるその顔からして相当まずい事態になっているというのは分かるけど、こいつの顔なんかギャグマンガの世界みたいな顔してるから緊迫感ないというか……ちょっとおもろいのなんとかならん?

 

「き、きききぃいいいいいいいいい!!!!」

「ん? ……うわっ。まじかよ」


 けたたましい鳴き声のする方に視線を向けると、チキンチキンたちが逃げないように俺が必死に作った柵を木の棒で叩きまくる1匹のモンスターが。


『マッスルチキン【J】』


 筋肉隆々のくせに思ったよりもランク低くない?

 それにこいつどう見てもチキンチキンの派生系。

 もっと強いのとか高級な食材を手に入れるためにはもっと奥まで進まないダメってことなんだろうな。


 でも、スキルでこのマップの見るに1階層は結構長いみたいだから纏まった休みを作らないとなかなかしんどい――


 ――ばぎっ!!


「ぎきぃいいっ!!」

「お前! 俺が睡眠時間削って作った柵を……。お前は絶対食用として殺す」


 ダンジョンに入ってからしばらく経っているというのに、ここにきてようやく本格的な戦闘な気がする。


 チキンチキンとランクが1個しか変わらないとはいえ、流石にあの筋肉、そんでもって人間と同じ2本足に木の棒という武器。

 緊張感で脇汗が止まらないわ。


「これ、邪魔だな」

「きぃっ!?」


 俺は戦闘のために持っていた野菜を床に投げ捨てた。


 そしてそれを合図にして俺とマッスルチキンは走り出す。


 お互いの振り上げ腕。

 これは強烈な打ち合いになってもおかしくはな――


「きぃぃぃぃぃぃっ!」

「え?」


 そんな緊張感が一転。

 マッスルチキンは俺を無視して野菜の下へ一直線。


 こいつ……減量のせいで食欲が爆発したボディビルダー見たくなってんじゃんねえか!


「ぷふっ」


 そんなマッスルチキンを見てほくそ笑んだイキリ爺は、食事を開始したマッスルチキンの背後に立つと思いっきり後頭部を蹴飛ばした。


 強烈な一撃をもらったマッスルチキンは脳震盪を起こしたのか、ふらふらと頭を回す。


「なんかやり方が汚い気もするけど……ナイスだ!!」


 俺はその隙を突いてマッスルチキンの首筋を新調した武器、サバイバルナイフで攻撃。


 するとマッスルチキンは血を噴き出すこともなく即死。

 俺はダンジョンに侵入して初めてモンスターを殺したのだ。


不思議と罪悪感は一切ない。

 おそらく今俺の目の前で起きている、ゲーム的に死体が消えていくという現象が殺したという実感を薄めているのだろう。


 それに、これこそ俺がダンジョンに求めていたワクワク感。

 敵が弱いこともあってむしろ楽しさすらあ――


『ドロップレベルが2に上がりました。テイムしたチキンチキンたちの卵生産量が倍になりました。マッスルチキンは【マッスルチキンのささみ:G】を2つドロップしました。【パッシブスキル:武器攻撃力アップ】を取得しました』


 なるほど、パラメーターが無い分スキルに頼る感じのやつね。


 スキルの取得条件とか色々気になるけど、その前に……ドロップレベルって取得できる食料増やせるの?


 だとしたらどっかでレベル上げして……マッスルチキンのささみを乱獲するのも悪くないかもな!

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