三つ編みの蛮族
最初、あまりのことに、彼女の言っていることを認識出来なかった。それほど自然に出てきた発言だったからだ。
「……野蛮人? カミルが?」
「え? 他にいないじゃん。カミル・アジャール、騎馬民族のナントカ族? の出身とか言ってたでしょ」
リズが軽く爪の先をいじりながら、特に興味もなさそうに言う。本気で悪意はないようだ。私は唖然としたが、やっとのことで口を開いた。
「な、ナントカ族では無くて、アジャール族だ。名字を持たない民族だから、便宜的にファミリーネームを民族名にしていると聞いた」
「うそ、名字無いの? 元から? わー、ホントに蛮族っぽい」
そこで驚かれても困る。私はリズからの反応の手応えのなさに戸惑って、オーギュストとジュリアンの方を見た。
助けを求めたつもりだったが、私はさらに言葉を失う羽目になった。
「あー……僕も、あの人はちょっと怖いですね。異教徒って初めて会ったから」
オーギュストは大司教の子らしく、胸元につけた太陽のモチーフのロザリオを握って言った。優しげな眉を困ったように下げて、
「信仰心の薄い人もいるということは理解していますが、そもそも教会と光明神を信じていない者がいることが、僕にはうまく受け入れられないです。カミル君は礼儀正しい人なようだけど、信仰心の無い彼に本物の良心があるのか疑わしいですよ」
「そーお? オーギュストは真面目過ぎるのよ、アタシは別に異教徒だろうが気にならないわ」
ジュリアンが口を挟み、離れた場所にいるカミルの後ろ姿を難しい顔で睨む。そして、ビシッとカミルの長い三つ編みを指差した。
「でもあの髪型はダサい! 三つ編みはいいとして芸も華もないわ! アタシほど美しくはなくても小綺麗な見た目してるのに、もったいないわね」
「カミルはあの髪を大事にしているんだ。騎馬民族は馬に乗るために、邪魔にならないよう髪を一本にまとめる慣習があるから、あの三つ編みは彼の出身の証なんだ」
ジュリアンはそれほどカミルに悪印象を持っていなさそうなのにホッとして、私は説明した。すると、心底くだらないという表情をして、ジュリアンは吐き捨てた。
「出身の証ですってえ? そんな固定観念に囚われてるのは、クソつまんない生き方よ。もっと自由にすればいいのに」
「それは……確かに一理ある意見だが、事実としてカミルは、あの髪を誇りにしているんだ。それをむやみに否定する必要はないだろう。だから、どうか尊重してやってくれないか」
「誇り? 意味分かんない。ますますバカみたいだわ」
いっそうジュリアンの声が刺々しくなるのを、私はおろおろして聞いていた。そうだ、息子の化粧や女装を快く思わない父親に反発している彼が、伝統とか慣習なんてものも大嫌いであろうことなど、少し考えれば分かることだった。
もどかしさで唸っている私に、リズが不思議そうに尋ねてくる。
「ていうか、なんでアルバ君、そんなにあの人に詳しいの? 同室って言ったって、まだ一週間そこらでしょ」
「え」
「もしかして、入学前から何かつながりがあった? それとも、アルバ君の地元にも、ああいう蛮族がいたの?」
言葉に詰まった。どうしよう。
私ひとりが勝手に判断していいなら当然、カミルとは長年の友人であることを、むしろ大声で公言していきたいくらいの気持ちだった。そして、カミルの謂れなき悪評を払拭するために熱弁をふるいたいところだ。
しかし、カミルからは「魔族のあんたと古い知り合いだなんてバレたくない」と固く口止めされている上、学校で仲良くすることも嫌がられる。そんな彼の態度に、仕方ないとはいえ少々薄情じゃないか、と拗ねたりもしたが、リズたちが呼吸のように自然に吐き出す言葉の数々を聞いていると、カミルの懸念はまったく大げさではなかったことを実感する。
ただの騎馬民族でさえ、この扱いなのだ。
私が魔族だと知れたら、いったいどうなるのだろうか。
口ごもる私に、リズたち三人の「?」という純粋で不思議そうな視線が降り注ぐ。
「…………いや、私とカミルとは、この学校が初対面だ」
逡巡の末に、私はカミルの意向に従うことにした。そう、これはカミルが望んだことだ。
「と、取り立てて仲が良いということもない。たぶん」
念押しで一言添えると、リズがパッと可愛らしく笑顔を輝かせた。
「へー! そっか、安心したよ! そういえばアルバ君、他の地域とか民族の話に興味があるって言ってたもんね。あはは、でもそっか、だからと言って、蛮族とつるんでやる理由はないもんねえ。特にあんな三つ編み頭のヘンテコ族……」
リズの声は、突如、ダンと鋭く机が鳴る音で断ち切られた。
明らかな敵意と怒りが込められた音。息を呑んだ私は、いつのまにか隣に立っていた人物へ、そろりそろりと頭を向けた。
「どうも。三つ編み頭のヘンテコ族だけど」
そこには予想通り、完璧な好青年の笑みを貼り付けたカミルが、机に手をつけて立っていた。
さすがにリズもオーギュストもジュリアンも、目を見開いて黙っている。
カミルは彼らに一瞥だけくれてから、すぐに無視するように顔をそらして、私にずいっと右手を差し出してきた。
「その万年筆、おれのなんで。勝手に取らないでくれるかな」
君がここに忘れていったんじゃないか。なんて、文句はもちろん言えない。大人しくエバーグリーンの古びた万年筆を渡すと、カミルは返事もしないで、踵を返して足早に去って行った。
カミルは始終にこにこしていたが、ついに私と目を合わせなかった。
指の先からじわりと冷えていく感覚がする。
「な……なに、あいつ。すごい感じ悪いね、他の連中には無駄に愛想いいくせに。猫かぶりなんじゃん」
「さすがにリズの言い方が気に障ったのでは……。謝った方がいいかも知れませんよ、後で仕返しとかされたら怖いですし」
「えー? 髪型がダサいのは事実なんだから別にいいじゃない。こんなことでイラつく奴の器が小さいのよ」
カミルがいなくなった途端、口々に思ったことを言い出した三人に、私は手を合わせて頭を下げた。
「すまない、急用ができた! またの機会に話そう!」
「え、あ、ちょっと!」
リズの返事を最後まで聞かずに、私は脇目も振らずに走り出し、ランチのトレーを光速で返却して廊下に飛び出した。
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