人見知りと猫かぶり 2
蛮族。
カミルの隙のない笑顔が、一瞬、明確に凍りついた。
それがはっきり分かったのは、おそらく教室で私だけだった。びっくりして、何か言わなければと思った。けれど、言葉も勇気もうまく出てこないうちに、
『はいはい、アジャール君の持ち時間は終わりですわよ~』
エレオノーラ先生がパシッと手を叩いて話を終わらせた。
『騎馬民族は大陸を縦横しながら、いろいろな文化に触れていますから、特に交易に従事している民族だと教養に深かったりするのですわ。蛮族というのは、わたくしたちの勝手な呼称ですわよ~』
くるんくるんのお嬢様ヘアーが可愛らしいエレオノーラ先生は、意外にテキパキした司会進行能力を持っている。
生徒たちは先生の言葉に頷いたのち、すぐに興味を次の発表の生徒に移した。
私はその後、そっとカミルの様子を伺っていたが、彼は相変わらずの笑顔で、他の生徒に拍手を返し続けた。
――あれから一週間。カミルは周りの生徒たちと友好的な関係を築けている。彼を「蛮族」と無邪気に言い放った男子生徒とも、ちょうど今、食堂の入り口で親しげに立ち話をしているところだ。
私の心配はまったく不要だったようだ。むしろ、問題児として認知されてしまった私の方がどう考えても圧倒的に心配な立場である。
こうして一人で食堂の大テーブルについていると、辺りの話し声がいっそう騒がしく聞こえる。私の周囲だけが異様に静かな感じがする。
……いいとも。ひとりは覚悟の上だ。
自分にそう言い聞かせながら、もそもそとパンを食べていると、いきなり背後から肩を柔らかく叩かれた。飛び上がった。
「わ! ごめん、びっくりさせるつもりは無かったんだけど」
振り返ると、申し訳なさそうに眉を下げた女子生徒がいた。彼女の後ろには、さらに二人の生徒が、私の様子をうかがっている。
三人とも同じクラスで見た顔だ。女子生徒は、私の隣に座ると、にっこり笑顔で話しかけてきた。
「アルバ・ルチアーナ君だよね。ずっと話してみたかったの! 自己紹介で、マッチの一発芸はちょっと驚いたけど、面白い子だと思ってさ」
これは!
私は一瞬、呆然としたのちに、かろうじて「あ、ありがとう」と掠れた声で返した。
「わたし、リズ・ド・ナージュって言うの。ナージュ男爵家の長女なんだけど、ま、ほぼ没落貴族だよね。だから身分差みたいなのは気にしないで」
ひらひらと手を振る女子生徒……リズは気さくで好感が持てる。明るい茶髪をリボンでくくったラフな髪型は、貴族のお嬢様にはあまり見えない。
彼女の後ろにいた生徒も、テーブルの向かい側の椅子に座る。
「僕はオーギュスト・ロベール。ロベール大司教の養子で、実は僕も孤児なんです」
いきなりそんな告白をしたのは、真面目そうな、ふわふわした癖毛の髪の少年だった。体格はひょろっとして、優しげな目元をした上品な見た目である。
いかにも上流階級の大人しい男子生徒に見えたが、彼も私と同じだとは。
「聖職者は結婚できませんから、後継は養子を貰わないといけないでしょう。亡くなった親がそこそこの貴族だったらしくて、幼い頃に大司教様に引き取っていただけたのは幸運でした。アルバ君も修道院の出身なんですよね? 同じ教会の子として、仲良くしましょうよ」
いかにも教会育ちらしいオーギュストの純真な微笑みに、私はなんと返せばいいか分からない。私は修道院で育った教会の子。それは確かにそうだ。
ただ同時に、教会の何千年来の敵である、魔族の血を引いてもいるのだが。
「もーっ! リズもオーギュストも話長いわよっ!」
そこへ、甲高い声が割り込んできて、私の頬がむんずと後ろから掴まれた。思わず、ぎゃっ! と悲鳴をあげる。
ぐいんと頭を上に向けられると、金髪の背の高い男子生徒が私を見下ろしていた。やたら派手な顔の造形をしている彼は、ニッと笑って、
「こんにちは。アタシはジュリアン。ラ=フラシアン社の長男よ。ご存じ? 皇都一番の高級化粧品店。アナタ、今のままでもとーってもカワイイけど、もっとカワイくなりたくなったら、ぜひうちに来なさいね!」
彼は、呆気に取られて瞬きをしている私に気付くと、「あ、この口調?」と何か思い当たったように言った。
「実家の仕事柄ね、貴族の奥方様たちを相手にしてるから、喋り方が移っちゃって。親父にはこの口調も女装も怒られるんだけどねえ、好きにさせろって話でしょ。アタシはカワイイものなら何でも好きな男子よ」
だからアナタの顔も好き! と高らかに宣言された。それは光栄だ。私もどもりながら言葉を返す。
「き、君も私と同じくらいには、素敵な顔立ちをしていると思う。可愛らしいというより、ゴージャスな美貌といった感じだけれど」
「あら嬉しい! もしかしてアタシ口説かれてる?」
「あはは! アルバ君、人見知りっぽいのにサラッとそういうこと言えちゃうんだー」
「ジュリアン、そろそろほっぺを掴む手を離してあげたらどうですか」
オーギュストの注意で、「ハーイ」とジュリアンの手から解放される。
掴まれていた頬を自分でむにむに撫でながら、私は賑やかな三人の様子を眺めていた。楽しそうで善良な少年少女たち。
……もしかして、友人になれるかも知れない?
希望の光が胸に湧いてきた。私は、「教室でもっと話そう」というリズの誘いに乗ることにして、その前に食べ終わった食器を厨房へ戻してこようと立ち上がった。
その時、私の座っていた場所の傍に、何かが落ちているのを見つけた。
取り上げると、それはくすんだエバーグリーンのシックな万年筆だった。
キャップの頂点、天冠と呼ばれる部分には、キラリと光る星屑のような小さな鉱石が埋め込まれている。こちらは仄暗い紅色だ。少し古ぼけているが、質が良く、持ち主から丁寧に扱われているらしい品である。
一目見てすぐ誰の物か分かった。と、いうより、分かるに決まっていた。これは私が贈ったものだから。
「カミルだ。胸ポケットに入れていたのを置き忘れて行ったんだな。まったく」
万年筆を片手に呟くと、リズが反応して「カミル? あー、あそこの」と食堂の入り口あたりで立ち話をしている彼に視線をやった。
「アルバ君、寮が同室なんだっけ? 仲良いの?」
「ああ! だって私たちは幼な……」
そこで私は言葉を切った。私たちは幼馴染だ。そう続けようとしたが、直前で、彼がしつこく繰り返す「べたべたするな、関わるな、他人同士として振る舞え」との言い付けを思い出したのだ。
魔族の私と、万が一にも昔から関わりがあったとは思われたくない気持ちは分かるが、そこまで突き放さなくたっていいだろうに。私は恨めしかったが、ちゃんと彼の要望に従ってやることにした。
黙り込んだ私に、リズは何やら神妙な顔で頷いて、「だよねー。分かるわ、同室なんて災難だったね」と共感を示すように言った。
私は意味が分からず、「どういうことだ?」と尋ねた。
リズは、変わらずサッパリした気さくな口調で、
「だってアイツ、野蛮人なんでしょ。気味悪いもん」
と笑顔で言い放った。
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