祝・大問題児
「わ、私はッ! アルバ・ルチアーナという名の者ですッ!」
勢いよく名乗った私は、そこでさっそく息を切らした。
ちょっと失礼、と深呼吸する私を、心配そうに見ていた近くの席のある生徒が、そっと手を挙げて質問してくる。
「……あの、実はずっと気になっていたんだけど、性別はどちらですか? 見た目と名前じゃ分からなくて」
「性別?」
うっかり、本気できょとんとしてしまった。クラスメートたちが驚愕の表情で私を見つめてくるので、直後に、自分がやらかしたことに気付いた。
カミルが手をぶんぶん振って(はやく誤魔化せ!)と必死に合図してくる。
「あっ……はい、部屋は男子寮ですし、男子ということになってます!」
「ということになってる?」
「いえ! 男子です! 間違えました!」
カミルが額に手を当てて俯いた。失礼な奴だ、私だって頑張っているのに。人間界でそんなに性別が気にされるなんて、生まれつき両性具有の魔族が知るはずないではないか!
心中で憤慨している私に、今度は女子生徒の声が上がる。
「えー、本当? ルチアーナ君、すごく可愛いのに! 女の子みたい」
「あっはい! 可愛いですよね、自分でもそう思います!」
「そこは謙遜しろよアホ……」
小声でまたカミルが何か言っているが、よく聞き取れない。私が可愛い? 当たり前のことだ。物心つく頃より、レオン修道院長から「アルバは可愛い」「世界一可愛い、俺が保証する」と言い聞かされて育った。やや童顔っぽくて、身長があまり伸びないことが悩みではあるが、レオン院長が言うならば全てそれが真実である。どうやら皇都の人間もその感覚は同じなようだ。
フッと肩の力が抜けた。
そうだ、新しい環境に圧倒され続けていたが、恐れることはない。私の可愛いらしさがルチア島でも皇都でも万国で通じるように、雲の上みたいなクラスメートたちとだって、気の合う話題はあるだろう。
大丈夫、きっと仲良くなれる。
「私は南方のサンタ・シシリア諸島から来ました。ルチア修道院で育てられたので、名字のルチアーナはそこから来ています。奨学生としてこちらに入学させていただいた以上、めいっぱい勉学に励んでゆきたいと思っております!」
調子を持ち直して、力強く宣言した私に、おおっと皆が感心の拍手を返してくれる。
「サンタ・シシリア諸島の修道院だって」
「平民の孤児で、奨学生になったってこと? すごいね! 優秀なんだ」
ひそひそと珍しがる声も聞こえる。確かに、サンタ・シシリアはそもそもブランシェ帝国にとっては属州であり、南の辺境である。しかも修道院育ちの孤児となると、やはりこの学園では異質だろう。
だが、決して悪い反応ではない。
「はいはい、質問!」
私の経歴に興味を持ってくれたのか、また新たな手が挙がる。
「サンタ・シシリア諸島って確か、魔族の居住地があるって噂を聞いたことがあるんだけど。危険な島じゃないの? ルチアーナ君は大丈夫だった?」
ぴく。一瞬、身体が硬直した。
しかし、教室はさらに盛り上がった。
「魔族ですって? もう絶滅してるのかと思ってたわ!」
「えっ遭遇したことある? 食べられそうになったことは?」
「何を言ってるんですか。アルバ・ルチアーナ君は修道院の出身なんでしょう? なら、聖なる力で守られているんだし、悪魔の末裔なんて怖くないに決まってます」
大司教の養子だという子が、真面目な口ぶりで断言すると、他の生徒たちはドッと笑って「厳格ー!」「考え古いなー」と茶化した。
私は頑張って笑顔を浮かべようとするが、上手くいかない。皆の声が耳にびりびりする。
絶滅。遭遇。食べる。
……なるほど。今まで島の外に出たことが無く、はっきりとは知らなかったが、これがブランシェ帝国での一般的な魔族の認識か。
すなわち、珍獣。
にぎやかな教室でカミルはひとり、黙って私を見上げていた。その目をまともに見られない。今朝、彼から「大人しく目立たず無難に」自己紹介を終えるよう言い付けられたことを思い出す。
分かっている。私も安全に過ごしたい。
「……魔族と会ったことはありません。ですが、彼らが鉱山労働で危険な採掘を行なってくれるおかげで、サンタ・シシリア諸島の経済は発展してきました。人間を食べるというような習慣も聞いたことがありません」
前半の大嘘を、後半の事実で覆い隠す。けれど、これだけでもクラスメートたちには衝撃的だったようだ。目を丸くしている。魔族に対して「おかげ」などという言葉が使われようとは、思ったことも無かったのだろう。
私は正体を知られたくない。しかし、魔族の印象も変えていきたい。カミルから「余計なことを言うな」と不満げな視線を感じるが、ここがギリギリの妥協点だ。許して欲しい。
「わ、私には野望があります! それは、いつか世界中を旅して周り、歴史上初の正確な世界地図を完成させることです! そして、それを故郷に持ち帰ることです!」
やけに熱のこもった私の言葉を、生徒たちは圧倒されたように聴いてくれている。
「なので、いろんな地域のことを知りたくて、その……皆さんの故郷のお話も、たくさん聞かせて欲しいです。えっと、つまりは、率直に言いますと、皆さんと仲良くなりたい、です……」
そして、やや恥ずかしい宣言を、震えた声になりながら言い切った。
それでも、一テンポ置いて、教室からワッと拍手が起きた。歓迎されている。慣れない環境で心細かったところへ、初めてそれを実感して、私は非常にホッとした。
よし、いいぞ。私は拳をぐっと握って、息を吸い込んだ。この流れでいってしまおう。
「では、皆さんとこれからの親睦を願って」
うんうん、と頷いて耳を傾けてくれる生徒たち。
私は彼らに、心から友好の笑顔を浮かべて言った。
「一発芸をします!」
うん? と皆の動きが一斉に止まった。
この時、私がもう少し冷静であれば、視界の端で(やめとけ)と全力で伝えようとしているカミルの姿が見えたのだろう。しかし悲しいかな、私は緊張と興奮で何も見えなくなっていたのだ。
ポケットに忍ばせていたマッチ箱を流れるように取り出す。そして、中のマッチを全部握って、一気に頭を擦った。
燃え上がる火の玉。一本では小さな火でも、こうして集まると勢いもなかなか激しい。
教室から悲鳴があがるが、私はそれにまったく気付かず、得意げに言い放った。
「この火の玉を、丸ごと呑んで見せましょう!」
――呑めたら、何だというのか。
ああ、誰かが殴って止めてくれれば、どんなに良かったか。
だが、その場で私を殴ってくれそうだった唯一の人間、要するにカミルは、その時はもはや私を見ておらず、窓の外を見つめて遠い目をしていた。
そして、エレオノーラ先生が止めに入る暇もなく、私はパクっと火の玉を口に入れてしまったのである。
「キャーッ!」
「ルチアーナ君?!」
もちろん、半魔の私は、火の玉ごとき食べたところで何でもない。だがそんなことを、先生やクラスメートたちが知る訳がない。
よって、バリボリとマッチを平らげて、
「……ちょっと苦いですね」
のんきに放った私の一言で、教室は大騒ぎになった。
――こうして私は、初日から「優秀な奨学生」改め「大・問題児」の肩書きを背負っていくことになったのである。
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