幼馴染と金穂月《ゴルディメール》

新しい朝がきた

 新しい朝がきた。


 野望の朝だ! ……と、元気よく叫びながら身体を起こすと、二段ベッドの下からドン! と衝撃。


「うるさい! 朝っぱらから騒ぐな!」

「おお、カミルも起きていたのか! なんだか、朝起きたらカミルが居るのは、不思議な感じがするな」


 はしごを降りると、寝起きで不機嫌そうなカミルの顔が現れる。


 昨日の夜遅くまで、私と寮が同室なことへの不満をぶつぶつと呟いていたが、最後にはようやく腹をくくってくれた。私の学園生活の相棒は、当面は彼になるだろう。


「まあまあ、幼馴染同士、気楽にやっていこうじゃないか! 互いにこの学園で叶えたい野望もあることだし」

「一緒にするなよ。あんたのはじゃなくてだね」


 壺に汲み置きの水をたらいに注いで顔を洗ったカミルは、制服のベストのボタンをつけながら、小馬鹿にしたように言った。私はむっとして言い返す。


「探検家になって世界地図を作りたいという野望が、そんなに非現実的か」

「地図を作るとか作らないとかじゃない。問題は、あんたが魔族なことだろ」


 もっともなところを突っ込まれると、私も黙るしかない。同時に、昨日までは何となく非日常的に捉えていたリセ・ルージュ学園での生活が、急にリアルに眼前に迫ってきた。


 そう、私は魔族だ。

 正確には、人間と魔族の間に生まれた半魔の子。そして、ここ皇都でうっかり見つかることがあれば、その場で打首にされても文句の言えない存在。


 今日からは本当に、この素性を隠しながら暮らしていかなければならないのだ。


 ……改めて考えると、超怖い。


「おい、今更ビビんな。あんたの素性がバレたら、おれも魔族の保護隠匿罪で捕まりかねないんだ。とにかく、今日の自己紹介は、怪しまれないよう目立たず大人しく無難に済ませること」


 言いながら、教科書などをぽいぽいっとカバンに投げ入れたカミルは、扉を開けて「じゃ、あんたもさっさと着替えな」と部屋を出て行った。


 私をまったく待つ気のない彼の様子を見て、慌てて支度を急ぐ。置いて行かれては困る。カミルがいなければ、私はこの学園どころか、皇都でひとりぼっちになってしまう。


 別に、たったひとりで頑張っていく決意なら、ルチア島を出てきた時点で既に固めていたつもりなのだが。


 ――もし叶うなら、ここで新しい友だちが欲しいな。


 リセ・ルージュ学園の真新しい制服に着替えている時、ふと、そんな願望が湧いてきた。


 直後に打ち消す。何を言っているんだ、私は魔族だぞ。カミルの言う通り、極力目立たずにいなきゃならないのに、友だちなどと呑気なことを言ってられるものか。


 いや待て。さらに私は、自分の考えを打ち消してみる。

 魔族だから何だというのか? 私の野望は何だ。そう、この学園を主席で卒業し、皇帝に謁見して、社会における魔族の地位を向上させることだ。ならば、魔族の身で友人を作ることだって、立派な野望のうちではないか!


 よし! 自分の中で納得のいく理屈が完成した私は、気合を入れて扉を開けた。

 友人作りごとき、何を恐れることがあろう。目指せ友だち百人、いや千人!


「いや、全校生徒集めても九百人弱なんだから、千人は物理的に無理だろ。つか目立つなってば」


 すっかりその気になった私は、なんだかんだ廊下の先で私を待っていてくれた同室者の無粋な声を無視して、初回の授業に臨んだ。


 ……が、始まって早々に圧倒されてしまった。


「ちわー、ソルヴェンヌ伯爵家の三男でーす!」

「わっ、わっ、わたしはテンペーニャ侯爵家の次女ですっ……」


 元気のいい男子と、緊張しいで声の細い女子。世界のどこの学校にもそれぞれ一人はいそうな普通の子が、平気で貴族の出身だったりする。良家の子女たちが集まる名門校とは聞いていたものの、とても実感として信じられない。


 いちいち衝撃を受けているのは私だけのようだ。他の生徒たちは、当然といった顔つきでさくさく自己紹介を続けていく。


「ジャン=フルール貿易商社の長男です」

「うちは代々グリーズ大学の教授の家で」


 同じ庶民の生徒でも、本当に財産も社会的地位も底の底である私とは事情が違いすぎた。目が飛び出るほど金持ちの大商人に、権威ある大学教授の一族、中央政府の高級官僚の子、宮廷付きの医者の家系、大地主、エトセトラ。

 めまいがする。


 ぽかんと口を開けっぱなしだった私だが、斜め前の席に座っているカミルが振り返って「口閉じろ、みっともない」とジェスチャーで伝えてきたので、慌てて表情を正した。


 カミルもまた、貴族や大商人とは縁遠い育ちのはずだが、彼はみんなの肩書きを聞いても落ち着き払っている。


 さすが、この学園を卒業して出世し、富と地位と権力をあり余るほど手に入れると豪語した男である。覚悟が決まっているのだろう。今までの自分の育ちを切り捨てて、新しい世界に入っていく覚悟が。


 見上げた奴だ。私は自分の肝の小ささを恥じ、幼馴染のよしみとして、彼の野望を心の中で応援する。

 しかしふと、これから立身出世するために彼が切り捨てていく過去の存在のうちには、私のことも含まれているのだろうか、と疑問が頭に浮かんだ。


「さあ、お次の方に参りますわよ。アルバ・ルチアーナ君、どうぞ!」


 私の思考は、担任のエレオノーラ先生の呼ぶ声で一旦断ち切られた。

 自分の番が回ってきたのだ。と、認識した途端に、緊張で冷や汗が吹き出る。


 深呼吸。気合は十分。大丈夫だ。


 ――しかし、いささか気合を入れすぎた。

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