第8話 弁解しましょう

「ごめんなさい!」


とりあえず3人でファミレスへ入り、ドリンクバーだけ注文した僕達は向かい合って座った。僕はどっちの隣に座ろうか迷った挙句、隣のテーブルから椅子を借りてきて中立の立場をとることにした。そして、落ち着いたところで月野ががばっと頭を下げる。


「どうして、月野さんが私に謝るの」


萌はメロンソーダをストローで1口吸いながら、言った。萌の言葉に月野は顔をあげる。そして、オレンジジュースを1口飲むと俯いた。


「あの、今日のデートは私のワガママなの。陽翔くんの好きな人は神楽さんだけだから安心してね」


ちょ、ちょいちょい!なに、勝手に僕の代わりに告白してくれちゃってるんだ!?僕は口に含んでいたコーヒーを危うく吹き出すところだった。


それは萌も同じだったようで、ストローをいじっていた手が狂ってテーブルにメロンソーダがこぼれる。咳き込む僕の隣で萌が目を丸くする。なんだ、このカオス。


「違う!いや、違くないけどっ、ごほっ...今じゃない!げほっごほっ...月野、今は僕とお前が一緒に出かけることになった経緯を...」


咳き込みながらも必死で誤魔化そうとする僕に、月野は手を叩く。やっと当初の目的を思い出してくれたようだ。そうだ、今すべきことはこの状況の弁解なのだから。


「あのね、私が陽翔くんのこと大好きで。それであの...1回だけでもいいからデートしたいなって。半分くらい脅すみたいな感じで付き合わせちゃったの」


確かに半ば脅迫めいたものだったな...。てか、月野は本当に僕が好きなのか?萌も同じところに引っかかったようで口を開く。


「月野さんは、陽翔が好きなの?」


萌の問いに月野は頷く。そして、ストローでグラスの中身を1周かき混ぜて意を決したように口を開いた。その表情はやっぱりまた、大人びたものだった。


「私、中学生の頃...」


中学生時代の月野 結は茶髪にピアスのヤンキー少女だった。元は全くそんなことの無いごく普通の少女だったのだが。いや、ごく普通は語弊があったかもしれない。


艶やかなサラサラの黒髪。陽の光を知らないような白い肌。周りを惹きつける容姿を持っていた。


もちろん男子人気も凄まじく、それをよく思わないのは周りの女子生徒。月野は段々と省かれるようになった。そして、1人で苦しんでいる月野に声をかけたのがヤンキー集団のリーダー格だった少女だった。


「友達が欲しくてたまらなくて、一緒にいてくれれば誰でもよかった。だから、その子たちと喜んで仲良くした」


その集団に馴染むため、月野は彼女たちから情報を収集した。そして綺麗に保ってきた黒髪を茶色に染め、耳にはピアスの穴を開けた。髪の毛が傷むのは悲しかったし、耳はもちろん痛かったけれど1人でいるよりは痛くなかった。


時には彼女たちに言われて、軽い万引きや人を殴ることもした。彼女達の気に入らないことは、月野が徹底的に排除する。欲しいものは月野が徹底的に用意する。


その関係はもはや友情ではなく、パシリと主のようだった。月野は段々とその関係性に疑問を持つようになった。そしてある日、言ったのだという。


「こんなの友達じゃないよって。そしたら―」


そこからの日々はまるで地獄のようだった。1人だったのを拾ってやったのに、その恩を忘れたのか。そう言っては殴られる、蹴られる。


毎日、顔はアザだらけ。制服は泥だらけ。髪の毛だってぐちゃぐちゃだった。


「その日も、人目につかないような路地裏みたいなところでボコボコにされてて...」


だけど、その日はイレギュラーなことが起こった。見たことの無い男子が路地裏に入ってきたのだ。その男子の足取りもだいぶ虚ろで自分たちみたいなグレている人なのかと月野は思った。


「それが、陽翔くんだったの」


月野の言葉に思い当たる。ちょうどその頃は両親から謎の2回目の結婚式の写真が送られてきて、精神が荒んでたからな...。そんなところに迷い込むこともあったかもしれない。


誰が母親のウエディングドレス姿と父親のタキシード姿を見たいのだろうか。いや、散々お世話になった両親に2回目の結婚式をプレゼントするとかたまにある話だけど。お前ら、息子まで放ってずっと一緒にいたやん。


とか思いながら、病んでたのだ。ちょうどその時に僕が迷い込んだ路地裏で見つけた。あのボロボロの同級生くらいの女子。


「あれ、月野だったのか...」


僕の問いに月野は頷いた。僕は驚きを隠せずに口をぽっかりと開けた。だって、今と様相が違いすぎる...。


「陽翔くんは私の腕を掴んで連れ出してくれた。まるで王子様みたいだった。それからずっとその人のことを忘れずにいたの。そしたら高校で再会してて...。運命だって信じずにはいられなかった」


月野は真剣な表情で僕の顔を見つめた。運命、か...。でもすぐに視線を落としてまた、グラスの中の氷をストローでいじる。


「でも、陽翔くんには神楽さんがいた。私には入る隙なんてなかったの」
















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