第9話 問題が発生しました
「別に、陽翔と私は特別な関係じゃないよ」
萌の一言に胸が痛む。やっぱりそうなんですね...。萌からしたら、ただの幼なじみでしかないんですね...。
「違うの。陽翔くんに好きな人がいたらそれはもう私にとってはゲームオーバーだから」
月野は切なそうに目を細めた。僕はなんだか居心地が悪くて目を伏せる。月野に魅力が無いわけじゃない。
「だから、今日だけは独り占めしたかったの...」
僕がどうしようもなく萌に惚れ込んでしまってるだけだ。月野の声は今にも消えてしまいそうだった。すると、萌は立ち上がる。
「邪魔して本当にごめんなさい。それなのにわざわざ説明までしてくれてありがとう。時間、少なくなっちゃったけど今からでもデート楽しんで。それじゃ」
萌は自分の分のお金をテーブルの上に置くと、僕たちに背を向けた。その声には、本当に申し訳ないという気持ちが滲み出ていた。僕がはっきりしないからいけないんだ。
「なんか、ごめんね。陽翔くん」
月野が心の底から謝ってくれてるのがわかる。萌のことが好きなら、月野のデートは断るべきだった。結局僕のやった事は、萌も月野も傷つけているじゃないか。
「月野が謝ることじゃないだろ」
僕が言うと、月野は優しげに笑った。その顔はやっぱりいつもの幼さとはかけ離れている。あんな過去を背負って生きてる人間にしかできない表情だった。
「僕が悪かったんだ、僕が好きなのは―」
「あっれ〜?結じゃない?」
僕の言葉を遮るように聞こえてくる明るい声。僕たちが視線を向けると、金髪にピアスの女子がいた。どう考えても今の僕たちには似合わないような人種だった。
「く、クミ...ちゃん...」
月野の引き絞るような声が聞こえる。クミ...?月野の知り合いなのかと、月野を見ると顔面が真っ青だった。
「なになに??またそんなかっこに戻ったの?ダッサ」
クミと呼ばれたその女子は月野の姿を見て、バカにしたような声をあげる。そして、最後には鼻で笑った。月野は怯えたようにテーブルの下で手を握りしめている。
「それで、また男たぶらかして...。中学の頃となんも変わってないね、裏切り者の月野 結」
僕を一瞥した後、女子は冷たい声でそう言った。たぶらかす...?裏切り者...?
「おい、黙れよ」
ふと気づけば声をあげていた。クミとやらは、僕を見る。きっとこいつは、月野の中学時代の...。
「何よ」
短いスカートから、日に焼けた足が主張強めに伸びている。僕は、相手に圧倒されないように立ち上がった。こんな奴に負けてたまるか。
「お前が月野の何を知ってるんだよ。今のお前と月野は無関係のはずだろ?」
そう言うと、クミは吹き出したように笑った。店内に、クミの笑い声が響く。なんて耳障りな時間...。
「よかったねぇ、王子様と出会えて。バッカらしい、じゃあね?」
じゃあね、なんてまた会う機会なんてないだろう。ていうか、あったら困る。謎のフラグ立てながら去るな。
ガタガタと震え続ける月野の向かいに座る。その顔は未だに中学生時代の記憶に縛られているようだった。まあ、そんな簡単に振り切れるものじゃないよな。
「大丈夫か?」
僕の問いに、月野は青い顔を縦に振った。絶対、大丈夫じゃないんだろうけど...。とりあえず、同じ店内にいるのも嫌だろうから今日は帰るか...。
「じゃあ、家まで送るから帰ろう」
僕の呼び掛けに月野は頷いた。声が出せないほどに怯えているのかもしれない。そして、僕と月野は静かに店を出た。
「月野、あの...」
僕の言いたいことがわかったのか、月野は無言で頷く。白いリボンが風に揺れる。まるで月野の心の揺らぎに呼応してるみたいだった。
「そう、1番最初に声をかけてくれたクミちゃん...。まさか、もう1回会う日が来るなんて思わなかったけど」
月野は無理して笑っているようだった。実際この状況で心から笑えるわけないだろう。僕はそれ以上は聞かないようにしようと心に決める。
「陽翔くん...あの...」
「ん?」
呼び止められて僕は少し後ろを歩いていた月野を振り向く。すると月野はそれ以上の言葉を続けず、俯いてしまった。僕は月野に歩み寄って顔を覗き込む。
「ううん、なんでもないの!ごめん、呼び止めちゃって」
月野は思い切り首を振ると、またもや貼り付けたような笑みを見せた。絶対に何かある。僕の中の誰かがそう言った。
「月野、大事なことなら。それが、月野の身に危険が及ぶようなことなら尚更ちゃんと教えてくれ」
僕が真剣に言うと、月野は迷ったような顔を見せる。僕は、月野の目を見つめ続けた。段々と、月野の目が潤んでいくのがわかる。
「だって、迷惑かけちゃう...。陽翔くんには神楽さんだっているのに...」
月野が追い詰められたような声でそう言った。僕は安心させるように月野の目を見て頷いた。すると、月野は迷ったように目を伏せる。
「大丈夫、僕と萌はそんなことで壊れたりしないから」
そう言うと、月野はやっと決心が着いたように頷いた。そして、僕に向かって手を差し出す。その中に握られていたのは、1枚の紙切れだった。
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