第7話 鉢合わせました

「おーい!陽翔くん!!」


駅前に行くと、僕の名前を呼ぶ大きな声が聞こえた。声の主は一人しかいない。そう、デート相手の月野 結だ。


「ごめん、待たせたか?」


駆け寄って聞くと、月野は首を振った。一応、10分前には来たんだけどそれでも月野の方が先に来ていたんだろう。腕時計を見ると今がちょうど待ち合わせ時間の3時だった。


「私が誘ったんだし、待ちたかったの」


そう言う月野の横顔は、いつもよりも大人びて見えた。清楚キャラでもなく、うるさい無邪気キャラでもなくこれが本当の姿なのだと。そう思わずにはいられないほどその表情がよく似合っていた。


「そっか、じゃあいっか。ていうか、制服のままなら別に待ち合わせなんかしなくても...」


僕の言葉に月野は人差し指を立てた。そしてチッチッチッと、横に振る。はて、何を言いたいのだろうか。


「待ち合わせだもん!待つのが醍醐味でしょ?それに、制服デート憧れだったんだぁ!!」


くるくると回りながら月野は言った。まあ、幸せそうならそれでいいか。そう納得して僕は、月野の隣に立つ。


「じゃ、行くか」


僕の呼びかけに月野は元気よく「うん!」と頷いた、でも、行くかと言っても僕はどこへ行くのかわからないんだが…?月野の様子を伺っていると彼女は首をかしげた。


「デートって、どこ行くんだろうね?」


どうやら、彼女もよくわかってはいなかったらしい。僕はため息をつきながら頭をフル回転させる。月野にデートプランを提案するためだ。


「買い物か、カラオケか、…放課後デートならそこまで遠出できないしな」


僕が言うと、月野も考え込むように顎に手を当てた。そして、一人で出したらしい答えに納得したようにうん!と頷いた。どうなったんだろうか。


「じゃあ、この辺ぶらぶらしよ!!それで決まり!!!」


そう言って、月野は歩き出す。まあ、この時間からからならそれが妥当だろうな…。とか、ろくにデートもしたこともない僕が考えてみる。


「早く!あ!クレープ食べたい!!」


可愛らしい外装の店を発見した月野はそこへ駆け寄る。無邪気だなぁと思いながらも僕も、月野の後を追う。もう食べる気満々の月野はメニュー表とにらめっこを開始していた。


「チョコバナナ...もいいし、苺ホイップ...もいいなぁ。あ、でも抹茶あずきも捨てがたいかも...」


うなりながら考える月野に思わず笑みがこぼれる。クレープ選びにそこまで必死になるだろうか。僕は月野の横に立ち、提案してみる。


「2つにまで絞れよ」


「え、ふたつも食べれないよ?」


僕の言葉に首を傾げた月野。僕は彼女にため息をつく。察しがお悪いようで...。


「月野の分と、僕の分。半分こすればお前はどっちも食べれるだろ?」


僕の言葉に月野は目を輝かせた。こういう瞬間はものすごく幼く見える月野は、またもやメニュー表と向き合った。そしてぴょこんと立ち上がると、満面の笑みで言う。


「じゃあ、チョコバナナと苺ホイップ!」


「じゃあ、それで」


「じゃあ、私は抹茶あずきで」


隣から聞こえてきた声に目を見開く。こ、この声は...!僕が最強に好きな相手で、僕がいま最強に出会いたくなかった相手の声―。


「萌!?」


僕の叫びに対して萌はいつもながらにクールな表情を浮かべた。いつも通りとはいえ、今日は何を考えているのか分からない...。萌と帰るという通例の行事までほっぽり出してほかの女子とデートしていたなんて...。


「かしこまりました〜!」


クレープ屋の明るい声が今は耳に痛い。勘違いされても仕方ない。言い訳だって言ったら言った分だけ怪しくなっていくだろう...。


「用事があるって言ったでしょ?買い物、この近くで。そしたら、背中見えたから思わず...。邪魔してごめん」


申し訳なさそうな萌に、胸が締め付けられる。違う、萌にそんな顔をさせたかったわけじゃない。萌には出来れば笑って欲しいのに。


「萌...」


「お待たせ致しました〜!チョコバナナと苺ホイップと抹茶あずきでございまーす!」


僕の声を遮るように店員がクレープを差し出す。タイミング悪すぎだろ...!というツッコミを抑えながら、クレープを受け取る。


「じゃ、帰るから」


そう言って、クレープを受け取った萌は僕に背を向けようとする。僕はその背中を追いかけようとした。が、しかし。


「神楽さん!待って!」


僕が声をかけるより先に、月野が萌を呼ぶ。その手はぎゅっと僕の服の裾を掴んでいた。月野の呼び掛けに萌が振り返る。


「全部、私のせいなんだ...」


月野は落ち込んだ声の調子で俯く。萌は立ち止まってその様子を見ていた。僕も何も口を挟むことができずただ立ち尽くす。


「だから、あの...話、させてくれない?」


月野の縋るような目付きに、萌は体を完全にこちらに向けた。そして、こくっと頷く。そしてぼそっと一言。


「そんな目で見ないでよ...。断れないじゃない...」


萌は顔を背けてそう言った。普段は冷たいくせにこういう風になると断れない萌。そんな彼女がやっぱりどうしようもなく愛しかった。




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