第4話 勘違いされています

キーンコーンカーンコーン


昼休みの始まりのチャイムが鳴って、僕は弁当を持つ。そして立ち上がると、一目散に2つ前の席へ―。あれ?


「萌...?」


昼休みはいつも萌と過ごしていたのに、今日はその席に萌の姿はなかった。どこ行ったんだ?飲み物買いに行くなら僕もついて行くのに...。


教室をキョロキョロと見回していると、後ろの出入口に萌の姿を見つける。僕は急いでその背中を追いかけた。華奢な背中は相変わらず歩くのが速い。


「萌!」


僕の呼び掛けに萌はピタッと止まり、振り向いてくれた。その瞳は相変わらず氷のように冷たいけれど。廊下の真ん中で向かい合う形になった。


「何?」


声も心做しかいつもより冷たくて、不機嫌なことがわかる。でも僕は、気付かないふりをしてさらに萌に近づいた。逃げられたら午後の授業に集中できない。


「どこ行くんだよ?」


僕が尋ねると、萌はモジモジと腕をいじる。その姿もこの上なく可愛いけれどそれに流されてはいけない。しっかりと一緒にいる時間を確保しなくては。


「委員会の集まり」


「弁当は?」


「すぐ行かなきゃだからいらない」


問い詰めるように質問を繰り出す僕に淡々と答える萌。やっぱりこの原因は朝のことだろうか。でもそれは勘違いでしかないんだ...!


「じゃあ急いでるから」


そう言ってまた背を向けようとする萌の細い手首を掴む。その手首は力を入れれば折れてしまいそうだった。でも、行かせてたまるか...!


「朝のことか?」


僕の言葉に萌はビクッと肩を波打たせる。やっぱりビンゴらしい。だとしたら萌が気に病むようなことは一切ないんだが...。


「あのな、言っとくけどあれは―」


僕が説明しようとすると、萌が逆に僕の手首を掴む。そして、僕の体ごと壁に押し付けた。な、なんだこの体勢...。


これはいわゆる壁ドンというやつじゃないだろうか...。いや、僕が萌にしたかったんだけど?しかも腕まで拘束されてなんてかっこいい壁ドンなんだ...。


意外と近い距離感に心臓が早鐘を打つ。やっば、少女漫画のヒロインの気持ちわかってきた...。なんて呑気に考えていると、萌の顔が近づいてきた。


え、何この状況...。これってこのままキスされちゃう...?僕、目つぶった方がいい??


「も、萌...」


心の中ではふざけたことを考えつつ口から出たのは切羽詰まったような声だった。心臓の音と連動してる…。余裕のない男みたいで情けない…。


「だから、恋とか好きとか…彼氏とか嫌なのに…」


顔に吐息がかかるくらいの距離で萌が言った。その囁きは僕にも聞こえるか聞こえないか程度のものだった。でも僕はその声を決して聴き逃したりしない。


だって、僕は萌のことが...。このまま伝えてしまおうか。それとも、抱きしめてしまおうか。


真剣にそんな悩みを抱く。消え入りそうな萌の姿がどうしようもなく愛しかった。僕が萌に手を伸ばし、あと数センチで触れるというタイミングで「陽翔くん、はっけーん!」という無邪気な声が聞こえてきた。


「ごめん、邪魔だったね」


萌は声の主をその目で認めると、僕から離れていく。違う、そばにいて欲しいのは―。僕が好きなのは...。


「神楽さんと密会なんて許さないぞ♡」


腕に絡みつく月野を見る。僕を見上げるその瞳は潤んでいて庇護欲をくすぐられる。でも、僕の心はそれ以上に萌のことでいっぱいだった。


「ごめん、月野―」


僕が萌を追いかけようとすると、月野は腕を掴む手に力を込めた。その顔は切なげに歪められている。なんでそんな顔するんだよ...。


「1回...1回だけでいいから結のものになって」


消えそうな声で言った月野を突き放すことはさすがに出来なかった。どうしてそこまで僕に入れ込むのか分からない。でも、その表情がふざけているようには見えなかった。


「わかった、1回...だけだぞ」


僕の答えに月野は花が咲いたように微笑んだ。今までのどの笑顔よりも心からの笑顔な気がして僕も微笑み返す。どうしてか、これが本当の月野な気がした。


♡ ••┈┈┈┈┈┈┈┈•• ♡


―「だから、恋とか好きとか...彼氏とか嫌なのに...」


家に帰っても萌の言葉が耳から離れなかった。萌も、付き合うことにトラウマがあるのだろうか。カップルとか恋人とか、夫婦とかそういう響きに。


僕の両親はとにかくラブラブだった。結婚は10年もすりゃ冷めるとか全く信じられないほどに、うちの親はべったりだった。そんな2人が海外出張だからといって離れていられるわけが無い。


僕が若干6歳の時に、父親のヨーロッパ方面への赴任が決まった。もう小学校入学が決まっていた僕は行くことが出来ず、それでも我慢できなかった母親はまだ小さかった妹を連れ、僕を置いて父親について行ってしまった。


そこからはずっと独りだ。寂しくなかったと言ったら嘘になる。だから、決めたんだ。


自分の子供に同じ気持ちをさせるくらいなら、僕は子供はつくらない。結婚もしない。恋人も、作らないと。そう、誓ったんだ。










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