第2話 手を繋ぎたいらしいです

「おーい!待てって!」


先に歩いていってしまった幼なじみを追いかける。僕が家の鍵を閉めている間に、先に行ってしまったのだ。だがしかし、待つことも無く幼なじみは歩いていく。


「歩くの速いぞ」


半ば息を切らしながら言うと、幼なじみ―萌は冷たい眼差しを僕に向けてくる。その凍ったような目つきはきっと僕以外ならビビってしまうだろう。僕にとっては超絶ラブリーな萌にしか見えないが。


「陽翔の歩き方がだらしないんじゃない」


ええ、置いていったのに?そんなこと言っちゃう?まあ僕にはどうってことないけど。


そんな会話の最中もスタスタと歩き続ける幼なじみの背中を見る。ああ、あの髪の毛触りたい。なんであんなサラサラなんだろ...。


「おっと、危ないぞ」


僕が幼なじみに見とれていると、萌のスレスレを通りそうになる車。僕は慌てて駆け寄り、幼なじみを引き寄せる。全く、朝から危ない運転だな...。


と、一安心したあとふと我に返る。ん?この状況、神じゃね?


だ、だって僕の手は萌の肩に回されていて。顔のすぐ横にはいい匂いを漂わす髪の毛があって。そんでもってもう少し顔を近づけたらキスできなくもないな...。


手に伝わってくる温もりとか目に入ってくるスベスベそうな素肌が僕の欲望を煽る。いや、ここで変に手を出したら嫌われるだろうな...。でも、朝もそれで後悔したしなぁ...。


「いつまでこうしてるつもり?」


1人で謎の葛藤をしていると、萌の冷たい声が思考を遮る。やっべ、そうだよな長すぎたよな。慌てて萌から手を離す。


「ご、ごめんっ!」


さすがに考えてたことまではバレてないよな?軽蔑されるのだけは勘弁!と、思いながらちらっと隣を見る。


「別に...いいけど...」


ん?なんだ、あの顔は?ちょっぴり、いや耳まで赤くなってないか??


もしかして近い距離に照れてたとか?だとしたら可愛すぎるんだが...。もう1回あの体勢に戻りたいんだが!?


ふざけたことを考えていると、萌が立ち止まった。突然の停止に僕は首を傾げる。はて、何事だ?


謎だと思いながらも萌の動向を伺っていると彼女からすっと手を差し出してきた。こ、この手はなんだ...!?握っていいのか?


それとも別の意図があるのか?もしも見当違いで握って欲しくもない手を握られたら嫌だろうし...。いやでも、早く言わないと僕の我慢力が保たないぞ。


「手...なら繋いでも...ぃぃ...」


こ、これはまさかの握って欲しいパターン!?いいのか!?僕が萌の手を握ってもいいのか!!??


でもこれはまたとないチャンス...。これを逃したらきっとこの先萌から手を差し出してくれることはない。だとしたら思い切るしかない!


「お、おう...」


僕はそっと手を伸ばす。もう少し、もう少しで合法的に萌の手を握れる...。ごくりと喉を鳴らしながら唾を飲み込む。


あと、数センチ...。もうすぐ、手を繋ぐ...。感動に浸りながら手を握ろうとしたその時―。


「おっはよーん!」


僕の首に腕を絡みつけるようにして朝の挨拶をしてくる男。なんっなんだよ、お前のタイミングはぁ!叫びたくなるくらいの怒りに襲われる。


お前の出現で僕の手も萌の手も引っ込んでしまったじゃないか!このまたとない機会を...!逃したじゃないか...!


「ん?なんだ、怒ってる?」


そう言ってあっけらかんと僕の顔を覗いてくるそいつ。僕は人生で1番くらいの勢いで睨みつけてやった。すると、そいつはわざとらしいくらいに仰け反る。


「おー、コワ...」


ああ、せっかくの萌との手繋ぎイベが...。儚く散ってしまった。こんな男のせいで...。


りつ、今だけは心底...心っっ底邪魔だ!」


僕の叫びにそいつは首を傾げる。そしてニコッと笑った。全く悪びれる様子は見えない。


「ごめんって〜、あんま怒るなよ〜!シワが増・え・る・ぞ♪」


あんなに睨まれてここまで気づかないのも逆にすごいよな...。怒りを通り越して謎の感心に僕の心が陥ったところで咳払いが聞こえてくる。その主は萌だ。


「先行く」


一言そう言うと、萌はすたすたと歩き出してしまった。しまった、追いかけねば!無理やりにでも律を振り切って萌と手を繋がなくては!!


焦った僕は律の手を振りほどき、萌の背中を追いかける。しかし、追いかける僕の背中を追いかける律。ダメだ、朝からうっざい...。


「なんだよ、置いてくなよ〜!中学からの仲だろ〜?ねぇ、萌ちゃん♡」


語尾にハートが着いているのが見え見えな口調で律が萌に声をかける。すると、萌の鋭い視線が律へと飛ぶ。そして、吐き捨てるように言った。


「着いてこないで。私、あんたのこと大っ嫌いだから」


今度こそ止まりもせず振り返りもせず、萌は学校へと行ってしまった。あぁ、さようなら柔らかな萌の手よ...。僕が項垂れていると、律がニヤつきながら言う。


「いや〜、さすがクールビューティー萌だなぁ!俺、ああいう子に虐められるのも好きだなぁ♡いいな、萌ちゃん!」


気持ち悪いことを朝から抜かしている男の頭にチョップを入れる。萌は俺の幼なじみで想い人。たとえ腐れ縁の律だろうと、絶対に渡さん...!








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