再会

(すみません、少し時間ありますか?――ツノさん)


 駅の前まで来た時、眼鏡が文字を表示した。


 振り返る。見覚えのあるアイコンだった。最近はしばらく見なかったトナカイだか鹿だかわからないファンシーなタッチのイラストのアイコン。


「津野」


思わず声の方が先に出た。


(ひ、久しぶり)


(今少し話せないか?もちろん、俺がもつから)


 真船はうつむくように頷いた。彼に偽名を使っていることを知られた気まずさで顔を上げられなかった。


 ずんずん進む津野に続いて真船は駅構内のコーヒーチェーン店に入った。


 各テーブルに備え付けられたタッチパネルを操作し、アメリカンコーヒーを2人前注文した。


(マフラーくらいとったら?寒い?)


(あ...、そうだね。ごめん)


 少し沈黙がある。顔が上げられない。なんのための透明だというのか。真船は自分に呆れた。


 コーヒーが届き、とりあえず2人ともひと口飲んだ。


 先に口火を切ったのは津野だった。


(あの子は甥っ子かなにかかい?いい子そうだったじゃん)


すぐに偽名については触れてこない。なんでもない振りをして真船も返すしかない。


(まさか。私の仮面屋で、仮面を作ってくれてるだけ。店員と客、それ以上でもそれ以下でもないよ)


(ふうん。だから今、マスクなんだね)


(半透明に見えちゃうのはほんと疲れるから早く完成させて欲しいんだけどね)


(真船はきれいだから多少見えても平気だよ)


(その眼鏡の度、あってないんじゃない?)


 津野は少し笑ったように思えた。少し緊張がほぐれる。しばらく会っていなかったが、学生時代に戻ったような気がした。


 しばらく他愛のない雑談をした。会話の合間にある細かな沈黙や、ほのかな気まずさもあの頃のままだった。


(それで、どうして君はツノって呼ばれていたの?)


(気を悪くしたらごめんなさい。仮面を買うにあたって名前を聞かれたけど、店主があの小さい男の子でしょう。信用出来るか分からなくて偽名を使ったの。別に『津野』である必要はなかった)


(……『文披』でも『佐久間』でもよかった?)


(そういうことじゃないよ)


(そっか)


頷いたけれどなにか嬉しそうに津野は言った。


(怒ってる?)


(いや。……なあまだ俺と付き合ってくれる?)


(君がまだ私に飽きてないならね)


(つれないね、昔から)


(君に釣られてるから今があるんでしょう)


(俺という餌に食いついた訳じゃないだろう?)


(さあね)


 津野はカップの底に少し残ったコーヒーを飲み干した。


(そういえば、プレゼントは何がいい?)


(なんでもいいよ)


(去年もおんなじこと言った。俺からのプレゼントには期待してないってか)


 自嘲するように言う。図星である。真船は他人に過度な期待をしないように生きるのが半ば習慣づいていた。例え相手が彼氏であろうとも、期待しないし、期待されたくない。


 気を使われるのは苦手だった。私はそこまで面白い人間じゃないから、あんまり期待しないでくれ、と透明に引きこもる。


 この時代は私の性格をあまりにも優しく包み込み、守って肯定しすぎる。


(そういうのは本人に聞くもんじゃないよ)


 そう突き放したが、だいたい、普段会わないのだから私の好みや欲しいものなんか分かるはずないのだ。イベントごとに形式ばった交際をして、物にすがった繋がりなんてそこに彼は何とも思わないのだろうか、と真船は思う。


 私が退屈していたって、彼がそれでいいなら別にいいんだが。真船はそう思い直した。心がゆっくりと冷めていった。


(それじゃ、また来週ね。今日は洗濯物出したまま来たから雨が降る前に帰る)


(あ、会計はいいよ、俺がまとめてやるから)


 津野の制止を聞かず、コーヒー一杯分の会計をして真船は店を出た。


 薄曇りだった。

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