メモ

 真船が店に入ると少年の姿はなかった。


 傘を昨日あった位置に戻し、丸椅子に座り、待つ。しばらく経っても現れないので真船はふとカウンターの中が気になって覗き込んだ。


 雑多な専門的な工具や設計図のスケッチやメモ、作図用の道具の他に、学校で使うであろう教科書やノート、なにかよく分からない難解そうな専門書が数冊積んである。


 カウンターの下の木箱は中がよくわからなかったが、恐らくレターセットの類だろう。木箱の上に白い封筒がのせてあった。


 棚にはティーセットが並び、扉の木枠には画鋲でメモが沢山貼り付けられている。


 少年の字で書かれたものだけでなく、もっと綺麗で小さい字のメモもあり、彼の母親が使っていたメモだろう。


『タキグチ様、色修正 9/20までに』

『ツノさま、サンプルわたす マフラーも』

『仮面製造許可更新 電話する xxx-xxxx』

『アサギ様、見積もり渡す 忘れない!!』

『〇〇医院予約14:00~』

『椿の運動会10/23』


 見ていると仕事の事ばかりではなく、親子の生活の様子が伺い知れて、なんだか覗きをしているような背徳的な気持ちになった。


 それでもメモの日付を注意深く見ていくとどうやら少年の母親は真船がこの店に最初に訪れる四日前に入院を始めたようだ。それまでに入っていた客は全てさばいてあった。


 少年がここの『店主』になって最初の客が真船だったということだ。


 そして、埋もれかけているメモの中に今日が運動会だという記述が見受けられた。


 今日はどうやら少年はしばらく店に戻らないようだ。仕方ない。明日出直すとしよう。


 腰を上げたとき、カウンターの隅に小さな小包が置いてあるのに気づいた。お弁当か...?中には保冷剤が入れられ、お昼ご飯が入っているようだった。


 そろそろ時間は昼を回る。弁当がなければ少年は困るだろう。今日はついていない。


 真船は溜息をつき、お弁当の包を持って店を出た。

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