逃亡願望

 真船はしばらく店には行かなかった。これで三日になる。


 あの店の少年と話していると何だか自分の隅々まで見透かされて、無邪気な言葉で大切なものまで引きずり出されて光に晒されてしまうような落ち着かない感じがした。


 効果の切れかけた透明マスクをつけ、半透明の体で会社とマンションを往復した。


 昼休みだった。一件のメールが届いた。


 津野からだった。ただ一言、誕生日を祝いたいから会えないかとのことだった。


 津野と真船は世間一般的には付き合っている男女という位置づけになるのだろうが、正直真船は、二人の関係は津野の優しさだけで成立していると思っていた。


 彼は優しいから自分が言い出したこの関係に終止符を打てずにいるに違いない。彼は私に気を使い、私はそれに半ば退屈しかけていた。記念日とかでないと連絡も取れないような相手で何が楽しいのかさっぱりわからない。


 こちらからきっぱりと振れば終わるのだろうが、別に彼のことを嫌いの一言で傷つけたいほど嫌いでもなかった。


 そうして今がある。


 真船はコンビニで110円のスティックパンをかじった。社員共同で飲んでもいいコーヒーで食欲のあまりない胃に流し込む。


 さあ、どう返信したらいいものか。『恋人』への返事ひとつで悩んでいるなんて私は学生時代から全く成長していない、と思った。ああ透明になりたい。


 大人だったらどう言うんだろう。どうやって傷つかずに、申し訳なさを押し殺して生きるんだろう。


 結局、無理はしなくていいよと返した。


 どう解釈するかは彼次第である。


 オフィスの休憩室は肌寒く、何故かふいにあの店に寄ってみようと思った。

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