設計図

 真船が店の扉をくぐると、少年は何やら本を眺めて難しい顔をしていた。


「あ、いらっしゃいませ」


 真船は黙ってカウンター前の丸椅子を引き出して座った。


 少年はカラフルなグラデーションの虹色の輪が描いてあるページを眺めていた。少年は真船にお茶を出そうとティーカップを取り出しかけたが真船が軽く手で制止したので俯いてまた座りなおした。


「この絵はいったい?」


「色相環といいます。今ある色を見えなくしようとすると色の関係が大切になってくるんです。例えば、この黄色を打ち消そうと思ったら、この環の反対側にある藍を足せばいい、とかそういうふうに使うんです」


 真船は感心した。


 店のドアの埃で曇った窓からは夕日が僅かに差し込んでいた。


「では、私の色は何に当たるのですか」


 少年は真船の顔を正面からじっと見つめた。人の視線に日々慣れていない真船は少したじたじした。


「灰色とか、茶色とか、黒とかですかね」


 少年から目を逸らし、真船は少し早口に誤魔化すように言った。


「ツノさんはそう思うんですか」


 少年は視線をそらさなかった。


「消えたいと思っているんですから、当然です」


「黒や灰色は、消えたい色なんですか」


「……」


 黙った真船に少年は少し表情を和らげてひとりごとのように言った。


「僕はそうは思わないなあ」


「別に私も特定の色に感情を抱いたことがないだけです。白は白だし、黒は黒でそれだけです。イメージの話です」


 真船は椅子に座り直し、姿勢を正した。


「さて、私はあなたの作る仮面のサンプルを見に来たのです。進捗はどのような感じでしょうか」


 少年はまだなにか言いたげだったが、カウンターの下からスケッチブックを取り出した。


「こちらが設計図になります。全部で5種類描いてきたんですが、方向的にはどれがお好みですか?」


 スケッチブックのページには丁寧な手書きのスケッチが並んでいた。細かい字で説明がびっしりと書かれていたが全体的に平仮名が多く、拙さもにじんでいた。


「これでいいです」


 真船はパラパラとページをめくり、どうせ見えなくなる仮面の外観などに特にこだわりもないので、一番最初のデザインを指さした。


「明日から最短でどれくらいで出来上がりますか?」


「ええと、……二週間、くらいです」


 二週間か。今更他の店を探したところで同じようなものだろう。


「今日はこれだけですか?そろそろお暇したいと思うのですが」


「あ、あの、色はどうしますか?仮面につける色と模様、お好みで彫刻なんかも付けれます」


 真船は腰を浮かせている。


「色?何でもいいです。模様も彫刻もいりません」


「でも、無料なんですよ。この店の作れる品物の中で最高の物にしたっていいんですよ?」


 ドアへ向かいかける真船を呼び止めるように少年は言った。


「わかりませんね。それでは商売ではなくて奉仕です。いいえ、私は最速で仕上げて欲しいので、奉仕でもなくて偽善です。もう少し成長してから店を任せてもらったらどうですか。では、失礼します」


 真船は振り返らず店を後にした。北風がやけに冷たかった。

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