10話

  俺は騎士団長の執務室にジュリアスや2人の騎士達と入った。


 ドアはジュリアスが開けた。そこを掻い潜るように入ると山のような書類に埋もれたウィリアムス師の姿がある。執務机の上に書類が積み上げられていた。


「……何ですか。殿下ではないですか?!」


 ウィリアムス師は凄く驚いた表情をした。そりゃそうだろう。いきなり、王太子であるしかもちっこい俺が訪ねてきたのだから。


「師匠。すまない。ちょっと頼みたい事があって来たんだ。今から時間を取れないだろうか」


「それは構いませんが」


 俺は師匠ことウィリアムス師にラウルと俺の護衛を増やしてほしいことや護衛には裏の稼業に精通している奴を付けてほしい事を説明した。師は目を白黒させていたが。


「……ふうむ。裏の稼業に詳しい騎士ですか。確かにそういうのに従事している者は数名います。仕方ない、ラウル様や殿下が狙われた以上はその騎士を付けるのはわたしも承諾します。ただし殿下。後宮から出る時はもっとたくさんの護衛を連れてきてください。こちらが余計に心配になりますので」


「わかったよ。でも裏の稼業に詳しい騎士は実際にいたんだな」


「ええ。おりますよ。では早速陛下に伝えて承認をもらってきます。1日時間をもらえますか?」


「そうしてくれ。じゃあ、仕事の合間に邪魔したな。俺は戻るよ」


「お気をつけて」


 俺は頷くとドアに近寄ろうとした。が、ジュリアスが止めてくる。どうしたのだろうと思ったら手をバンザイするように言われた。


「……??」


 俺が訳が分からずにいるとジュリアスは両脇に手を差し入れていきなり抱き上げた。まあ、横抱きではなくて普通に抱っこだが。


「なっ。ジュリアス?!」


「……殿下。先ほどのような事があっては我々が困りますので。お部屋までお連れ致します」


 俺は仕方ないと諦めた。さすがにジュリアスは背が高いだけあって視界が普段とは全然違う。景色が良く見えて俺はそれに興味津々となった。


 ウィリアムス師が生温かい目で見ていたが。気にするといけないと思ってそれは見ないふりをしたのだった。



 執務室を出てジュリアスは言葉通り自室まで俺を抱えて行った。はっきり言って俺は男だ。女の子だったら喜ぶだろうが。素直に喜べない。要は自分の不甲斐なさを突きつけられる気分になるからだが。


「……殿下。着きましたよ」


「ああ。すまんな」


「謝る必要はありませんよ。わたしが自分でやった事ですから」


 ジュリアスがいい笑顔で告げる。矢恵さんだったら喜ぶだろうが。なんとも言えない気持ちになった。


「殿下。それよりもエルから新しい情報が。どうも暗殺者はスフィア侯爵の手の者で間違いないようです。後、第二妃のフェリシア様も絡んでいるとか」


「……そうか。じゃあ、引き続き調べてくれ」


「かしこまりまして」


 ジュリアスが騎士の礼をする。俺はフェリシア妃といずれは正面対決する日が来るんだろうなとぼんやり思った。


「殿下。わたしはエルの所に行きます。部屋からは絶対に出ないでくださいよ」


「ああ。部屋からは出ないようにするよ」


「では。行って参ります」


 ジュリアスはキビキビと部屋から出て行く。俺はそれを見送った。



 あれから、半日くらいが経つ。俺は以前にまとめた日記帳を出した。


 矢恵さんに呼びかけてみる。すぐに頭の中に女性の声が響いた。


 <あら。久しぶりね。エリック君>


 ああ、久しぶりだな。矢恵さん。


 <わたしを呼び出したという事は何かあったの?>


 そうなんだ。説明はするよ。


 俺はかい摘んでラウルが刺客に狙われた事と護衛を増やしてほしいと騎士団長や親父に頼みに行った事を説明した。矢恵さんは黙って何かを考えているようだった。


 <……エリック君。ラウル君が狙われたという事は。フェリシア様が本格的に動き出したと見ていいと思うわ>


 やっぱそうか。俺は成る程なと思った。


 <エリック君。わたしはこうやって話す事しかできない。助けられなくて悪いわね>

 矢恵さん。いきなりどうした?


 <だってね。わたしは女だからあなた達みたいに剣や他の武芸はからっきしだし。知恵を授けるくらいしかできないから歯がゆくて>


 そんな事はないよ。矢恵さんがいてくれるだけでどれだけ心強いか。


 <ふふ。前よりは大人になったわね>


 まあ、ラウルにビシバシしごかれたしな。俺はそう呟いた。


 <エリック君。これからが大変よ。くれぐれも足元を掬われないように気をつけてね>


 アドバイス、ありがとうよ。覚えておくから。


 <ええ。そうしてね>


 矢恵さんはそう言うとすうと消えた。再び部屋は静かになる。


 今、俺は矢恵さんと体を共有している状態だ。そのせいか体に負担がかかっているのがわかる。


 ちなみに俺の部屋には二重に防音魔法がかけられていた。自分でかけるには大変だから魔術士にこっそり頼んだんだが。


 ふうと息をつく。俺が前世の記憶を思い出してから一カ月も経っていない。まだ、3週間くらいだ。


 その間、何ができただろう。本当に俺に出来ることは少ない。


 泣きたくなるが。それは我慢した。シェリアと婚約解消するまで後10年以上の時間はある。けど、本当にうまくできるだろうか。


 矢恵さん以外にも味方が必要だ。そういや、スズコ様って名前が日本人っぽいんだよな。だとすると転移者といえるかもしれない。今度訊いてみよう。


 そう決めて日記帳をぱらぱらとめくる。確か、ラウルは後に王位継承権を王家によって剥奪されるはずだ。そうした上で公爵家に養子入りをさせられる。


 ラウルが公爵家に養子入りをするまで3年しかない。俺はどうしたものかと頭を抱えた。


 シェリアを無事に託すにはラウルが王族でなくなった方がこちらとしては都合が良いが。ふーむ。難しいなと悩むのだった。

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