第四十三話 異母弟の報復
はっきり言って、
それは今に始まったことではないが、都合が悪くなった時しか〝弟扱い〟してこない姉だったため、呼ばれたときに「またか」という予感があった。
高階家は藤原一門に比べれば位は五位止まりであったが、知久が
「まったく、頼りにならぬの。そなたは」
久々に顔を合わせる
昔から彼女は知久を無能の役立たずと言う。知久の母親は、高階前当主が酒に酔った勢いで手を出したという
だが、高階父娘の思惑は外れた。
帝が麗景殿を訪れたのは最初の数度、彼女が帝の子を宿すことはなく、きつい性格も
なんでも思い通りになると育った彼女の誤算はもう一つ、内裏を離れ、別邸にて暫く静養したいと帝に話したことからだ。
麗景殿ではここ最近難が続き、帝も
しかし知久に、帝にものをいう力はない。
「
知久の問いに、麗景殿の女御は明らかに動揺していた。
「そなたは――、知らなくてよいことじゃ」
苛立たしげに言い放つ異母姉に、知久はついに彼女の態度に耐えることをやめた。
「そういえば麗景殿に来る際に噂を聞いたのですが、昨夜女の
知久がそう言った途端である。麗景殿の女御は扇を落とした。
実に、わかりやすい反応である。
聞けば、数日前から鈴の音が内裏の何処からか聞こえてくると言う。
鈴の音に女の幽鬼、ここに麗景殿で続発する事件が絡みがしなければ、知久は知らなかっただろう。幽鬼の正体は恐らく――。
「異母姉上、あなたは敵を作り過ぎる」
「黙りゃ! この
「本当になにもできぬとお思いですか?」
「なに……」
女御が目を見開いた。
これまで反抗しなかった異母弟が、挑むような態度を見せたのだから当然だろう。
「これまで、あなたの傲慢さには耐えてきました。ただ一つ、赦せないのは――」
「なにが言いたい……?」
「もうお遭いになっているのではありませんか? 彼女に」
昨夜現れた幽鬼がもし知久の知っている女なら、異母姉がなぜ動揺し始めたのかわかる。
「知久……そなた……」
「あなたが
まさに野に咲く
それを知久に告げた男がいる。陰陽師だと名乗るその男は、異母姉が勿忘草の君を
――貴殿の望みを叶えて差し上げよう。
その陰陽師はそう言った。知久は望みを口にすることはなかったが、その時願ったのは一つ――、異母姉がいなければ。
今回の一連の騒動が、その陰陽師の起こしたことかは不明だが、異母姉は完全に追い詰められた。自業自得だと、知久は冷ややかに彼女を見据えた。
「私はあなたのように下手に欲はかかぬようします」
「知久、妾を見捨てるのか? 姉である妾を!」
「都合が悪くなった時にだけ弟扱いするのはおやめください」
「許さぬ……! そなたなど、主上に言って官位を取り上げさせる! 卑しい血筋のそなたが、高階を継ぐのも妾は反対だったのじゃ!!」
しかし知久が彼女を振り向くことはそれ以降なかった。
◆◆◆
晴明は
「内裏にまた幽鬼が出たそうだな」
晴明の問いかけに、冬真が苦笑する。
「ああ。麗景殿近くで消えたらしい。場所が場所だ。麗景殿の女御さまを恨んで出て来ただの、
「今回だけは、怖くなったということか……」
今度は、晴明が苦笑した。
「あ?」
「その女御さまに、昼間呼ばれたのだ。幽鬼を
麗景殿の女御が会いたいという内容に、
彼女も晴明を半妖と知って、あまり良くは思われて名なかったからだ。
だがこの時は
これまで幽鬼が内裏に出たと動じなかった彼女が、なにゆえ今回だけは
「
冬真の話では、麗景殿の女御が女房たちからよく思われていないことも、恨んでいる人は多いという。
「だが今回だけは、必死なようだな。ま、私には関係ないことだ。陰陽師の
「陰陽師と言えば――」
不意に、冬真の口調が変わった。
「どうした? 冬真」
「高階知久さまを知っているか? 晴明」
「お会いしたことはないが、若くして
「その方の姉が、麗景殿の女御さまでな。性格は女御さまと違って
――どのような依頼でも引き受けてくれるという男がおりましてね。今にかの殿舎の噂は聞こえなくなりましょう。
「どのような依頼でも引き受けてくれるという男……?」
晴明の頭に浮かんだのは、
もし高階知久がその男に接触し、依頼しているとしたら――。
だが、冬真の話にはまだ続きがあった。
夜中の
「深夜に何処ぞの貴族の姫が、一人で朱雀門にいた――というのか?」
「そりゃあ俺だって、近衛の人間として警戒はしたさ。しかも、幽鬼を追っていたら大内裏に逃げ込まれたっていう。妙だろう?」
確かに妙である。
普通、貴族の姫は夜中に一人では外には出ない。
しかも、幽鬼など異界のモノに対しては恐れののくのが普通の反応だ。
「その姫、名前を名乗ったのか? 冬真」
晴明の問いに、冬真は眉を寄せ、視線を上へ向けた。
「確か――、
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