第三十四話 野心渦巻く内裏、狙われた藤原北家
「例のバケモノ――、よほど
人には、言って良いことと悪いことがある。
女房が使える女主は、
主が言っているのはおそらく、都で次々と見つかるという
女主の顔に彼らを
「
「良いではないか。悪口など他の者も言っている。それに――、北家の力が弱まれば、
女御と呼ばれた女主は、そう言って自信たっぷりに
男たちが
さらに女御は言った。
「いっそのこと――、あの女も喰われてしまえばいいのに」
◇
内裏・
関白・藤原頼房は、そんな彼らから少し離れた場に座していた。
彼には、彼らの
御簾の外は庭があり、白一色の直衣に髪を流した男がいる。
陰陽師・安倍晴明――、内裏の
頼房も、晴明に抱く思いは同じである。元は
晴明は、庭や内裏を歩き回っていた。結界を張るのだと言う。
いつもの頼房なら
「なに……、中宮が
清涼殿・
「なにゆえ今回だけは内裏の中で怪異が起きたのか、おそらく敵は中宮さまが狙いかと存じます」
晴明曰く、これまでの怪異の裏に術師が
「
頼房の
「中宮さまが、関白さまの姫君だからです」
「な……に……?」
これまで王都やその周囲で発見される骸は、藤原一門でも北家の縁者がほとんど。迫る
「――晴明、狙われているのは中宮だけか?」
御簾越しの帝の声に、晴明は言い切った。
「今のところは。ですが――、このようなやり方は断じて
良房は怖ろしかったのだ。
帝の信を得たその力が、さらに怖かった。鬼神を操るという半妖の陰陽師――、彼がいずれ、自分を脅かす存在となる。
実際に、妖を使って北家を狙う術師がいると言う。
その気になれば、妖でさえ操れるという能力――。
はたして晴明はこれから先、良房を脅かす存在となるのか
――安部晴明、そなたにはわからぬであろう。権力に取り
御簾越しに晴明を見つめ、頼房は
◆◆◆
天には
そんな月明かりの中を、一人の女房が
この
これはさすがの晴明も、予想外である。
かの女房が何処からやって来たかと思えば、
こんな真夜中に、他の殿舎の女房が弘徽殿を訪ねるなど不審でしかない。まさか
晴明は、庭の
しかし、彼の勘は間違いなく今夜、鬼が現れることを告げている。
――なるほど、そういうことか……。
弘徽殿・塗籠に向かうにつれ、
「呪われろ……、藤原北家……」
彼女が
「――鬼が来るかと思いきや、どうして女が来るんだ?」
「……っ」
彼女はさぞ、驚いたことだろう。中にいたのは中宮ではなく、冬真だったのだから。
「残念だったな。中宮さまならここにはいないぞ?」
晴明は、ようやく声を発した。
「――冬真、女性に乱暴はいかんぞ。彼女は操られているだけだ」
「……だろうな。尋常じゃない形相だ」
その場にそぐわぬのんびりとした冬真の口調に、女は
晴明が感じた、邪気。間違いなく、彼女からだった。
ことは――、夕刻まで
「はたして今夜あたり、鬼の奴は出てくると思うか?」
内裏の隅々まで結界を張り直した晴明に、冬真が眉を寄せつつ視線を天に向ける。
「おそらくな。今日は闇が濃い」
「そういうものなのか?」
普通の人間にはわからない闇。
まさか、帝が座す内裏でこれほど闇が深いとは――。
晴明は内裏に参内してくることがあっても、長居するのはこれが初めてである。
権力を得るためには、呪詛も
「それより、ちゃんとやってくれよ」
晴明の言葉に、冬真は渋面で嘆く。
「なんで俺なんだよ。弘徽殿には、女はたくさんいるだろうが」
晴明の策は、中宮・藤原瞳子の身代わりを冬真にさせることだ。
「女性を真夜中に、怖がらせるのは酷じゃないか」
「くそっ、鬼め。とっ捕まえてやる!」
憤慨する冬真に苦笑し、注意を加えた。
「ほどほどにな。元は壁に書かれた鬼なんだ。元に戻ったら傷だらけだったなんてことになってみろ。あの関白さまが修復代を
「
そう鬼と言えど、元々は壁に描かれてあったもの。入れられた魂が抜ければ元の
『
弘徽殿に侵入した女房は、そう言って晴明と冬真を睨む。
「晴明、どうする!?」
「どうやら鬼は、女房どのの
『我が主は……、中宮の死をお望みじゃ……。あの女が消えれば……、我が主が……次の中宮となる』
呪いの言葉を
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