第二十九話 決断のとき
その何者かは、神である男――、青龍をここへ閉じ込めた。敵は、それだけの
霧は青龍が放つ
果たしてここに彼を閉じ込めた何者かは、何が目的なのか。
「いい加減――、何か言ったらどうだ? 神を
『十二天将・青龍――、
「俺が何者か知っているというということは、貴様、陰陽師か」
『吾が何者かなど、とっくに理解っていように。青龍よ、吾に従え』
男の声に、青龍の怒りが爆発した。
「
『ならば問う、十二天将・青龍。安倍晴明はお前たちを使役するに値する器か? あの男の力は、お前たちが従うだけの価値があるのか?』
「――言いたいことはそれだけか?
『じっくり考えることだ。どちらが
青龍は唇を
彼の中では、既に結論は出ていた。晴明は
青龍は不意に込み上げてくるものを吐き出した。血である。
どうやら勘岦斉という男は、青龍をただ閉じ込めて置く気はないらしい。
――こんなことで、俺を支配できると思うな!!
ぎりっと
◆
一条・晴明邸の
玄武・太陰の次に人界に降りる事が多くなった男だが、性格はやや青龍に似ている。青龍のようにすぐに
玄武は彼より斜め上の上空にて、降りようか降りまいか悩んだ末に、騰蛇の
『何のようだ』
『別にお前に用があるわけじゃないが、様子見ってことさ』
玄武は
寝殿造りの晴明邸――、貴族ほどの
玄武の「様子見」という言葉に、騰蛇が口を開く。
『ここに来る前、
玄武は彼の問いに、敢えて「そうだ」とは答えない。
彼はいつものように昊を飛んでいた。妖の気配を探っていたのだが、不意に強い妖気を晴明邸で察した。彼が見たのは、人間の
幸いその〝式〟は玄武が
姿は子供でも、人の何百倍、いやそれ以上の歳月を生きている天将である。人にとって致命傷というような傷を負っても死ぬことはないし、病にもかからない。
『晴明が、相手に後れを取るとは――』
騰蛇の
そう、いつもの晴明なら、あんなヘマはしていない
彼の
『敵はいよいよ、俺たちと晴明に宣戦布告をしてきた。騰蛇、お前もわかっているだろ』
『青龍が消えたのは、敵が奴に何かをした』
『あり得ないことだが、あの青龍を捕らえているとしたら、敵はかなりの
玄武はその先の言葉は言わなかった。それも考えたくないほど、あり得なかったからだ。
『奴が真に我らの主たる器か否か、俺たちに決断のときが来ているのかも知れん』
騰蛇の言葉に、玄武はひとつ瞬きをする。
『青龍の開放は、晴明次第だと?』
『そう言いたかったのではないのか? お前も』
敵は十二天将の一人である青龍を網にかけたほどの術師、晴明にとっては最強の敵となる。現在の晴明に勝てるかどうかは、疑問である。
『俺たちが決断するのは、今じゃないだろ。
十二天将を
◆◆◆
ああ、なにゆえに。
聞こえているか。
見えているか。
我が声を。
我が姿を。
さぁ、いまこそ我が
なにゆえに、我がここにいるのかその
たぷんと、水の揺れる音がした。
久しぶりに見る冥がりに、晴明は乱れた髪を
彼らは必死に訴える。
何故、死なねばならなかったのか。
何故、誰もその理由を答えてくれぬのか。
限られた一生を精一杯生きて、
そんな晴明の前で、黒く小さな
『やっと……、お前に
「私をここに引きずりこんだのは、お前か?」
『お前の
「私も落ちたものだな。妖を躯に入れようとは……」
『すぐに出てさ。我はもうすぐあのバケモノに全て喰われる』
黒い塊は、すうっとその色を剥がした。
「お前――、あの時の……」
現れたのは、水干を纏った
『全てはあの沼から始まった。
蛙の化生がいう沼とは、おそらく貴族・藤原成親の二人の息子が禁を犯したという禁域だろう。
「藤原芳隆という男は知っているか?」
『知っているとも。奴は直ぐに
「どういう意味だ?」
『陰陽師・安倍晴明――、彼らの鬼哭の声を聞け。あのバケモノと叢雲勘岦斉を
蛙の化生の姿は闇に溶け、そこには青い華が揺れる光景だけになった。
果たしてかの化生は、何の罪を犯したのか。
――たぷん。
再び水の揺れる音がして、晴明は視線を上げた。
華の中心に、直衣姿の青年が立っていた。
すぐにその姿は掻き消えたが、その青年こそ沼で消えたという藤原芳隆ではないか。
晴明はかの人物に会ったことはなく、顔も知らない。ただ、
叢雲勘岦斉――、彼はついに晴明に挑んできた。
〝式〟を放ち、晴明に仕掛けてきた。
彼の目的はいまだ謎だが、このまま大人しく引き下がる安倍晴明ではない。
この借りは必ず返す――。
晴明の決意に、冥がりは去った。
◆
「晴明!」
どのくらい眠っていたのか、晴明は目を向けると、冬真の顔が視界に飛び込んで来た。
渋面で半身を起こす晴明に、冬真が半眼になる。
「お前なぁ……、心配して駆けつけてきた友に対して、その仏頂面はないだろう」
冬真曰く、右大臣邸に叶が報せに来たという。
――お
そう聞いたという冬真は、馬をここまで走らせたらしい。
板の間には、
人間の弟子と思っている彼に、敢えて真実を告げる必要はないだろう。
門に叩きつけられた背がまだ痛むが、外傷は手の火傷ですんだ。
「しかし、お前がやられるとはなぁ……」
「内裏の方は今、どうなっている?」
「寝込む廷臣が、また一人増えたよ。
「そうか……」
冬真が腕を組み、眉を寄せた。
「疫病の正体、妖の仕業なのか?」
昔から、病は怨霊の
「妖がどうかはわからんが、
おそらくこの裏に、あの男――叢雲勘岦斉は潜んでいる。
晴明の勘は、そう彼に告げるとともに
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