第二十六話 羅城門の鬼、再び! ②
彼は
今や何に対して飢えているのかさえわからぬ。
野を
ああ、もっと。
ならば、お前の飢えを満たしてやろう。
誰かがそう言った。
ああ、これでこの苦しみが止まる。
もう二度と、飢えずにすむのだ。
◇
その鬼は、ゆっくりと間合いを詰めてきた。
近頃、都に現れ人を
(おいおいおい、晴明。まさか、こいつを俺一人でなんとかしろ――とは言わないだろうな?)
冬真は
彼の側には
いくら近衛府武官の冬真でも、鬼など異界の存在は相手にしたことがない。なにしろ、大内裏・
自信がないというより、果たして人間の武器が、鬼のような異界の存在に通じるのか心配だった。もしそれが効かないとなると、どうなるか想像するのも怖い。
『人間……
鬼は飛び上がり、冬真の上で腕を振り下ろした。
――キン。
冬真の握る剣が、鬼を弾き返す。
(なるほどな。
彼が握る太刀は、本来は彼のものではなかった。
(信頼されてるのか、いないんだか……)
晴明の事を思った冬真は、太刀を握り直し、
その晴明は、
晴明邸がある一条大路から五条大路へは、
「邪魔はさせない……、ということか?」
敵も
こんなことができるのは、やはりあの男――、
晴明の前に現れたのは、無数の
糸を
「オン、アミリトド、ハンバウンパッタ、ソワカ」
晴明の真言に、半数が塵になった。しかし蜘蛛は、さらに倍となって這い出てくる。
「いい加減にしろ! こんなことをして、何の意味がある!? 叢雲勘岦斉」
彼の怒号に、男からの返事はない。晴明は印を組み替え、唱える。
「
「
掲げた錫杖の先で、
『ふん、
さすが騰蛇が相手となると、蜘蛛の反応は違った。さっと後退し、騰蛇の攻撃範囲を読んだ
自滅した一部を見れば、どうやら蜘蛛の糸には毒があるらしい。騰蛇なら痛くも
晴明は新たに印を組み替える。
「ノウマクサンマンダバサラダン、センダンマカロシャダソハタヤウンタラタ、カンマン」
残りの蜘蛛たちは、晴明の真言に縛られる。そして――。
「
だが戦いはこれからだ。
「騰蛇、五条大路へ先に行け!」
晴明の指示に、天将・騰蛇は何かいいたげな表情をしていたが、そのまま
◆◆◆
内裏の奥、いわゆる後宮と
なにしろ、帝の
弘徽殿の庭には牡丹が植えられているが、今はその時季でなく、この夜は月も出てはいない。熱を孕んだ風がたまに吹いては御簾や几帳を揺らし、さすがの今上も、纏う
既に月は
そんな彼の
やって来たのは殿舎の主、
「今宵は残念なことに、
「そうようだね。瞳子」
「突然のお越し、なにかありまして? 主上。
そう言って瞳子は、
「何かなくては、妻の元を訪ねてはいけないのかい?」
「まぁ。皮肉がお上手ですこと」
瞳子は開いた
「最近――、王都では
「主上が気に病むことではございませぬ。主上が
瞳子の励ましに、今上の心は少し軽くなった。
「そういえば、
「彼女に興味がございまして?」
浮気の虫が芽生えたのかと笑う瞳子に、今上は視線を逸らす。
「そうではないが」
「ここ三日ばかり里に下がっておりますわ。左近衛中将どのに、大事な頼まれごとをされたとか」
「それだけの理由で、許したのかい? 瞳子」
「この件に、安倍晴明どのも関わっているそうですわ」
安倍晴明と聞いて、今上はそれ以上追求しようとはしなかった。かの人物が関わっているとなると、確かに大事な事なのだろう。
周囲は彼を
今上は、そう思った。
◆
五条大路では、冬真と鬼の
『オノレ……、人間!』
鬼が冬真を
「冬真、大丈夫!?」
冬真の傍らにいた牛車の中から、菖蒲の声がした。
「なんとな……。
「それはあなたもでしょ。
かつて――、
かの人物と
冬真の手にした
鬼が、再び跳躍した。
『
『ギャア!!』
鬼の
片腕をもがれ、鬼は
「冬真!」
そして、冬真の待っていた男は漸く現れたのだった。
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