第二十三話 闇深き人の心
「……なにゆえ」
黒く
目覚めさせてはならぬモノを、目覚めさせてしまった。
あの日――、
そう、
ゆえに、これ以上は。
聞いているか。
彼らの声に応えよ。
あのバケモノを倒せるのは――、もうお前だけなのだ。
◇
『まったく世が騒がしいというに、人間の考えている事はわからんな』
やや
彼らがいる
『
『ふん。この人界で
東の
『人間を知ろうとは思っていないが、晴明といると、知りたくもない人間の裏まで見ることになってな』
異界にいれば、知らなかった人の心に潜む闇。
かの闇は人を鬼にし、妖を招く。そしてその闇は、時代が変わろうと生まれては消え、また生まれる。十二天将は神の末席に連なるが、彼らに直接手を差し伸べることは出来ない。
『だから俺は、晴明に下ることは反対したのだ』
『だったら降りるか? 青龍。十二天将の一人が欠ける――、晴明は痛くはないだろうが、他の十人の総意は得られん』
青龍は
十二天将は陰陽師・安倍晴明の式神となった。天将は彼を
『それでも俺は、奴が
青龍はそう言って、漆黒の
その晴明は、この夜も
『また
「――都に鬼が入り込んだ」
晴明の視線は、式盤に落とされたままだ。
『例の男と関係が?』
『わからん。
『さすがのあなたも、お手上げってわけ?』
「見つけてやるさ。何としても……!」
いつもの彼の顔に戻ったことに
そこでは、丸まって寝ている
『ところで、アレ、使えるの? 式神にするのはあなたの勝手だけど』
晴明が、新しく式神にしたという
「
『だってあの
太陰がそう言った途端、山積みの書や巻物が宙に浮き、太陰の
「……だから刺激するなと言ったのだ」
漸く視線を式盤から外した晴明は
『ちょっとっ、よくも天将の私を!』
散らかった
「そんなことより、片付けるのを手伝え! お前もだ。
叶と呼ばれた妖狐は人の子供に変化して、晴明の元に向かっていく。そしてくるっと太陰の方に顔を向けると、あっかんべーをしてきた。
『あの……クソ狐……っ』
妙な対抗意識が涌く、太陰であった。
そんな夜――。
「た……助けてくれっ」
男は必死にそれから後退った。
そこには鬼がいた。まさに、
「頼む……、助け……て」
鬼の後ろに人がいた。助けてくれるであろうかの人影に、男は手を伸ばす。
しかし、その人影は
「なにゆえ……」
彼が
◆◆◆
四条大路で、
晴明が出仕して早々、そんな
これに
「まったく、早く我々が事に当たっていれば被害は防がれていたかも知れなかったというに、上はなにを考えているのやら」
いつもは冷静な
「言い過ぎじゃ。保憲」
仮にも帝の勅命である。忠行が
「ですが、父上。これまでのことも、どう見ても妖の仕業でしょう!? 昨日まで元気だった人間が次の日には骨になるなど、どうすればできるんですか?」
「少し落ち着け。全くその大声は誰に似たのじゃ」
「あなたですよ。父上」
半眼で即答する保憲に、忠行は
晴明が口を開く。
「師匠、被害を増やしたのは私にも
「お前だけの
「はい」
四条大路で見つかった遺骸は、
嫡男・
そんな陰陽寮を出て、内裏へ向かっている時だった。
「安倍――晴明……っ」
清涼殿を目前にして、晴明は前方からやって来る
「なにか……?」
男の目は泳ぎ、何かを言いたげに口を開けようとするが閉じられてしまう。
晴明の困った
晴明と知って動揺する男の肚に、なにがあるのかまではわからないが、知られて困ることがあるのは間違いないだろう。
その男が藤原成親だと知ったのは、帝への
教えてきたのは、冬真である。
「お前が、珍しい御仁と一緒だったんでな」
藤原成親は、次男のことが起こる前から人と関わるのを避けているという。
「なるほど……、それでか」
「なにかあったのか?」
冬真が首を
「いや……」
心になにか秘め事があると、無意識に態度や顔に出てしまうことがある。藤原成親は「しまった」と思ったことだろう。
だが意外にも、それから数日後に、その藤原成親邸から使者が来たのである。
「――藤原成親さまの使い?」
書に視線を落としていた晴明は、訪問者を報せてきた叶に対して顔を上げた。
「おいでいただきたいとの言ってますけど?」
叶は童子姿に変化して、一応は式神として役には立っていた。
「あとで吉日を選び伺うと伝えろ。それと――」
晴明は嘆息した。
「それと……?」
首を傾げる叶の背後で、ふさふさの尻尾が左右に揺れている。
「尻尾をしまえ!」
一喝する晴明に、叶はわかっているのかいないのか、舞うような足取りで
妙な住人(?)が増えた晴明邸だが、ふっと気を許せば、
普通の人間より濃いめの闇は、晴明を呑み込もうとその機会を待っている。
――私は、お前のようにはならない……!
頼まれたからと、人を
彼の抱える闇は人より濃く、彼にとっては心地よいものだったのだろう。もしかすると、かの男を世に生んだのは、人かも知れない。
人を憎み、恨む念が叢雲勘岦斉を生み、育てた。だとしても――。
――必ず、私はお前に勝つ!
晴明は強く心に誓い、書を閉じた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます