第二十二話 魔獣の咆吼、闇を裂く五芒星
――私は悪くない……!
――違う……! 私は彼を殺してはいない!
『
「ひっ……、
烏帽子に狩衣と見知った姿ではあったが、
『教えてくれ。私はなにゆえ……』
「ち、違うのだ! 私はただ――」
ただ、
なのに、失敗した。
聞けば、露房は節会の舞楽には光弘を龍笛の笛工に
――知らなかったのだ。私はお前が私のことを
そんな光弘の前に、あの男は現れた。願いを叶えるという。
「露房……」
悪いのは自分だった。あの男に打ち明けなれば露房は消えることはなかった。本当は大事な友だった男をなくすことはなかった。
「許して……くれっ」
◆
魔獣のやや斜め後方、それは突然表れた。半透明でゆらっと揺れる姿は見慣れているものだったが、その顔に
晴明がこれまで会った幽鬼はこの世に未練を残していたが、『彼』からはその念はない。
『我が声に耳を傾けてくれて礼をいう』
声はその一言、男の姿は
晴明としては何かをした訳ではなかったが、彼はなにゆえ
『
魔獣にもここで襲った男の
「お前には、わからんだろうな。人間は必ずしも憎しみだけで生きているわけではないことを」
『
魔獣の声に、人の声が重なる。
晴明は
「お前――まさか……」
『我が名は
叢雲勘岦斉と言う男は、よほど隠れるのが好きらしい。
今回も何処かで、成り行きを見届け、失敗したとしても、彼には痛手にはならないのだろう。晴明は唇を噛んだ。
『なによ、
『ほぅ。これが噂の十二天将か。思ったほどではないな』
勘岦斉は
『失礼ね! あなたも陰陽師なら、十二天将に対する
『その十二天将が、我らに勝てたなら考えよう』
『何様のつもりよ!!』
彼女が起こした風が
しかし魔獣は、一撃を受けるもビクともしない。
『下手な矢も数打てば当たる……だな』
『何処かで聞いたような言葉だけど、意味としては正解だな』
三番目の天将・玄武が続いた。
『ちょっと、騰蛇に玄武。それって酷くない?』
「口論はあとにしろ」
感情に任せては相手に勝てない。
晴明は
「オン、サンマンダバサラダン、センダンマカロシャダソハタヤ、ウンタラタカンマン
再び
魔獣は、五芒星に
『
太陰、騰蛇、玄武が魔獣の三方を囲む。
『逃がすかよ。俺たちを誰だと思っている? ワンコ野郎』
玄武の言葉に、魔獣の爪が彼を掠める。
『危ねぇなぁ……。ワンコが気に入らなかったか?』
『玄武、遊んでいる場合ではない』
『わかってるよ。騰蛇』
晴明は、呪を唱えた。
「
『グァ!!』
五芒星の中で、魔獣は黒い
『やったわ!晴明』
「いや……」
『――問題の男が気になるのか? 晴明』
問うてくる騰蛇を
叢雲勘岦斉――、ついに明らかになった男の名。
やはり彼と対決しなければ、この戦いは終わらない。
あの余裕と態度――、
そんな気がする晴明だった。
◆◆◆
「それで――、例の龍笛は元通りになったのか?」
冬真が所属する左近衛府の
晴明は冬真に会いに来たわけではなく、内裏の外に出ようと
「ああ。
ここに来る前――、陰陽寮を出た晴明は、
その蔵人所がある殿舎・校書殿は正殿を挟んで右側、近衛府のもう一つ、右近衛府の陣がある。晴明が蔵人所の博雅を訪ねたのは、預かっていた龍笛を返すためである。
「その
「もちろん、きっぱり
おそらく、晴明に出世をちらつかせたのは博雅の意思ではなかろう。晴明を味方に取り込んだところで、彼に何の得にもならないと思われる。ならば
出世も興味ない晴明だが、権力争いに巻き込まれるのもごめんである。
そんなことになれば、出仕もしずらい上に、関白・藤原頼房に何をいわれることやら。
あれからあの龍笛は、美しい音を奏でるようになったという。
ただ龍笛を奏でるはずの笛工が、突然楽所を離れてしまったらしい。お陰で楽所では、新しい笛工の人選に慌てることになったらしいが。
すると冬真が、話題を変えてきた。
「そういえば、後宮で妙なことが起きているらしいぞ」
「妙なこと……?」
晴明は眉を寄せた。
「
冬真曰く、
「ならば、心配いらんだろう」
晴明の想像では、物が落下するのは潜り込んだ
中宮が落ち着いているということは、見鬼の才をもつ東宮が母である中宮に何かを話したかしたのだろう。
だとすれば、内裏に侵入している雑鬼は――。
(注意しておくか……)
晴明は
東宮とは知らずに彼を友達にした雑鬼、鬼を怖がらない東宮。
人と妖が平和に共生する世――、東宮が帝位に就いたとき、そんな世が生まれるかも知れない。
「晴明……?」
冬真が
「いや……、あとで
晴明はそう言って、直衣の
◆
六条坊門小路での件から間もなく、楽所の楽士が路で一人の僧とすれ違った。
「近衛光弘……どの?」
かつて楽所の笛工だった男の名だが、その僧はその男に良く似ていた。
近衛光弘はある日、楽所を辞めた。その理由がなんなのか、仲間たちは知らないという。
僧は振り向くことなく歩き続け、声をかけた楽士も「人違いか」と思って踵を返す。それは、よく晴れた文月の中頃のことであった。
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