第十八話 罪の代償
――
パキパキと
彼が
男の術を、誰かが破った。いや、まだ全てではない。
――陰陽寮の人間か……。
朝廷に
男は
人の欲にきりはない。しかも、心に闇を抱えている。その心を軽くつつけば、人はあっさりと男に下る。願いを叶えてくれと、
それに対し、彼に罪の意識はない。
男――
「……これは失礼した。
勘岦斉の前にいたのは、
◆
「ぁ……あ……、やめろ……」
そんな男にぴったりと、黒いモノが貼り付いていた。
晴明は静かに、それから視線を外す。
「晴明……女は……」
冬真は、そのまま言葉を呑み込む。
女もまた、
あの男は――、
想像ではあったが、彼の
「離サヌ……」
顔を上げた女に、背後にいた冬真が声を殺すのがわかった。
まるで――、イザナギが
「冬真、
「晴明……」
「このままだと、彼女は鬼になる!」
晴明は
『
「まったく、次から次へと!」
冬真は再び
『アノ女ハ願ッタ。夫ニ逢イタイト願ッタ。人トハ
闇は
「……言いたいことはそれだけか?」
晴明は闇を睨み続けた。
『オ前ニモ、アルダロウ? 陰陽師。心ノ中ニ闇ガ』
「
晴明は狩衣の
「
◆◆◆
はらはらと、桜が舞っていた。
毎年見ているのに、心はいつも切ない。
母は、口を開けば
ゆえに、姫は恋をするのに
そんな姫の元に届いた恋の
そして――彼は、姫の元にやってきたのだ。
妻にする――、そう言った男の言葉に姫は夢を見た。これまで出来なかった
――わたしは、母とは違う。
やがて姫は
なのに――、彼はそれから
――いいえ、あのかたは約束してくださったわ。きっと、お忙しいのだわ。
男には他にも女がたくさんいた――、そんな話を拾ってきた母の言葉を、姫は信じなかった。
――待っていればきっと、彼はわたくしの元に帰ってくる。
姫は、待った。待ち続けて――。
◆
「あ、あぁっ!」
女の絶叫と、
異様な形を成した闇が、青い
対して
男への
その念を利用したものがいる。彼女の想いを利用した者がいる。この闇を招いたのは恐らく、その人物。ならば、その目的は何か。
「あなたは既に
晴明は、顔を
女に罪はない。彼女はただ、愛した男に会いたかっただけだろう。今も男を愛し続ける彼女を、どうして責められよう。
「……わたしが……死んだ……? そんなはず……ない……、だって……ここにこうして――」
女は、自身の手に視線を落とした。
「いやぁ!!」
彼女はついに、己が何者か知ったのだ。
この世の者ではないことに。
「バケモノ……、早くこのバケモノを――」
晴明の中に、どす黒い感情が湧く。惟規こそここまで
恐らく彼女の心は、とうの過去に壊れたのだろう。
幸せな想いを
惟規の反応に、彼女はようやく理解したようだ。
愛した男は、自分など愛してはいなかった。数いる女の一人に過ぎなかったことに。
「結局……わたしも……母と同じ……。こんな姿で……わたしは……」
「晴明っ、また奴が!」
冬真が叫ぶ。
結界に囚われた闇は、そこから抜け出そうともがいていた。
『
「それが、お前の狙いか!?」
『アノ男ヲ消セト、願ッタ人間ガイタノデナ』
晴明は、かの男の狙いがわかった気がした。
その男は消して欲しい人間がいるという依頼を受けて、
依頼主は
晴明は
「オン、サンマンダバサラダン、センダンマカロシャダソハタヤ、ウンタラタカンマン」
『ギャア!!』
結界の中で、闇はぐにゃりと
「冬真今だ! もう一つの香炉を壊せ!」
「言われなくてもやるさ」
冬真は御帳台の脇にある
香炉が砕けと同時に、女は
「名を。冥府へお送りしよう」
「……
そう呟いた彼女の
「――聞いたか?
内裏・清涼殿――、
「よぉ、晴明」
晴明の前に、冬真が立った。
「式部小丞さまは、
「ああ。王都を出られ
「それで、かの家はどうなるんだ?」
「惟規どのでは、もうあの家は
あのあと――、藤原惟規は命は助かったものの、心は完全に壊れていた。聞けば王都を出て、何処ぞの邸で過ごすという。
――つまり、依頼は達成されたということか……。
晴明は、対峙した闇が言っていたことを思い出していた。
あの男を消して欲しいと、願った人間がいたのでな――。
藤原惟規はもう、人前に出てくることはないだろう。
「噂をすればなんとやらだな、その還俗する長男どのがおいでだ」
晴明は渡殿を進んでくる、法衣姿の男を視界に捉えた。
その男が、晴明の前で足を止めた。
「――安倍晴明どの……ですな。
亮賢は藤原惟規の
見る感じでは、穏やかそうな好青年だが。
「たいしたことはしておりません」
「
にっと
まさか――。
「どうした? 晴明」
冬真が
「いや……」
晴明は心に湧いた
亮賢ははたして、父親と
彼がかの男の依頼主だったとしても、晴明は陰陽師である。彼を責めることはできない。
ただ――、この王都にかの男に頼る人間がいることだ。
人の闇は、なんと深いことか。
そして、その心を利用する陰陽師がいる。
晴明は人を
これからもずっと、
なにゆえ――と。
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