第十五話 心が喰われるとき
さらさらと、雨が降る。
風というほどの風もない。ただ静かにまっすぐに、雨が空から降ってくるだけだった。
いつも
地で起きている
それとも、
なにゆえに――。
雨の日に、どこからか聞こえてきた声の意味が、やっとわかった。
わけがわからぬまま
しかも――。
「晴明、今お前――
晴明はふっと我に返り、視線を上げた。
そこには、
晴明邸の
「……それより、もう頭の方はいいのか?」
晴明は
「ああ、落馬なんぞで
呵々と笑う冬真に、晴明は
「な、んだよ……」
「……やはり、打ち所が悪かったらしいな」
「お前なぁ……」
冬真の目が据わり、ふくれっ面になった。
晴明は冬真に、心に抱えているものを吐き出せば少しは楽になるだろうが、当の男は激怒するだろう。
人の恨みを
もちろん、本当にそんなことをしているのか
冬真によれば、
「まさか、
冬真は、ひとつ
「もう知っているのか?」
「いや……」
高階家は二代前の帝の
だがこの人物、あまりいい
問題は、その二人とも亡くなり、同じように骸で見つかったということだ。
これは想像だが――、晴明を山荘に呼び出した名も名乗らぬ女の夫は、左大臣・高階成章ではないだろうか。そしてかの夫は、以前から対立していたという藤原衒昌をどうにかできないかと、陰陽師に依頼した。ただ彼としては、それから先のことを望んでいたか否か。
もしかすると、ほんの少し困らせてやるつもりだったかも知れない。ただ、妖に喰われて骸になったという結果までは予想していなかっただろうが。
ならば、なにゆえ依頼した高階成章まで死んだのか。
かの人物も悪いが、依頼を受けた陰陽師はさらに悪い。彼のやったことは、魔の所業。
おそらく彼の近くに、正体不明の妖がいる。
彼がその妖を使役しているならば、きっと。
冬真が帰っていくと、晴明は
『――
「その男を捜せ、騰蛇。何処の誰か調べろ」
『承知』
騰蛇はそう答え、溶けるように消えた。
◆
内裏・清涼殿――
長い
帝の
関白・
「
王都で起きている
興福寺とは、奈良にある
藤原北家との関係が深かったために、
これに
「関白どの、まるで我々では当てにならぬというように聞こえますが? 我々は
これに対し、頼房はふんっと鼻を鳴らした。
「ならば、なにゆえ怪異が今も続くのか?
「――関白どの!!」
「止めよ!
帝からの
「――主上、もうしばらく
土岐が、改めて頭を下げる。
それを良房は、
――これでまた、あの者の名が上がるのだ……。
彼が
半妖の陰陽師――安倍晴明に。
東宮はまだ幼い。今後なにも起きぬとはいえない。
あの男さえ、いなければ――。
大内裏から
牛車が止まっていた。
「何事だ?」
御簾から顔を出すと、
「
「人だと……?」
視線を前に運ぶと、
「――
「望み……だと?」
「貴殿は願われたであろう? あの男さえいなければ――と」
にぃっと嗤う男に、良房は声を荒げた。
「下がれっ、
牛車に戻る良房の背に、男の声がかけられる。
「吾は人のもつ闇が生みし者。闇に心が
もうそこに、その男はいなかった。
◆◆◆
その
報せてきたのは十二天将・
顕現するなり
『なんなのよっ。あれは!』
「いきなり、どうした?」
『嫌な気配を見つけたの。まさか例の妖かと思ったんだけど――』
その日――、太陰は王都の
晴明の「妖の気配を
「男……?」
『それも、全身たっぷり
空中で動きを止めた太陰は、驚いたという。
その男は何を思ったか、太陰を見てきたというのだ。さらに――。
「
太陰は
もちろん太陰は、
たまに鬼や妖が視える
晴明は書を文台に置くと、両腕を組んだ。
「おそらく――」
『おそらく、なぁに? 晴明』
おそらく――その男こそ、妖を使い人を襲わせている陰陽師だろう。太陰は男を追ったそうだが、姿を消されてしまったらしい。
どうやら今回の相手は、十二天将も手こずるようだ。
『ちょっと、晴明! 黙らないでくれる? こっちは馬鹿にされたのよ? あいつに』
太陰は、嗤われたことが悔しいらしい。
男は太陰が視えていた。視えていた上で、
「他の天将はどうしている?」
『騰蛇と玄武なら、こっち(
「いや――、もう一人いるだろう」
晴明がそう思うのは、急に冷たい気が
このときの晴明は狩衣を脱いで、
『相変わらず、素直じゃないわね? あなた』
太陰はそう『彼』に言った。
晴明は、口を開いた。
「相手がもし、人間ならば私には手は出せない」
『あれは、人とはいわぬ! それでもお前はその男を倒せぬというのか!?』
「私は陰陽師だ、青龍。星を読み、
ゆえに、
どんなに
それをしてしまえば、妖を使って人を喰わせている男と何ら変わらぬ。心は闇に喰われ、今度こそ
青龍が晴明の言葉をどう思ったか知らない。彼の気配が消え、太陰が軽く
『彼も理解していると思うわ、晴明。でもね、私たちにもあの男は
「わかっている。私は私の方法で、かの男と
『そう』
太陰は短く答えて、彼女も姿を消した。
◇
陰陽師。
ああ、ようやく。
そう、お前を待っていた。
お前なら、わかってくれると。
陰陽師。
さぁ、わが声に応えよ。
早く。
早く。
もうすぐ我が心が喰われてしまう。
あのバケモノに。
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