第十一話 嘆きの雨
この日は
(そりゃあね、中宮さまと比べたら私なんか……)
そもそも、〝あやめ〟とも、〝しょうぶ〟とも読まれてしまうややこしい名前である。性格に難がなければ若菖蒲の君でもいいが、男勝りの気質がそう簡単に直るわけでなく、帝にまで知られてしまった
「今夜は、
残念そうに溜め息を漏らす瞳子に、菖蒲は「そうですね」と答える。
この日に降る雨を、
この日にしか会うことの出来ない
「
「そうね……」
乞巧祭会とは、糸や針の仕事を司る織女に対して、手芸や
しかし雨が降れば、儀式はどうなることやら。
「それより、
梨壺とは昭陽舎のことで、主は梨壺の更衣である。
さらに彼女は現在、帝が夢中の妃嬪(※中宮以外の帝の妃)である。
急に話が変わり、菖蒲は肩を震わせた。
「え、は、はい」
「晴明どのと、
中宮・瞳子は菖蒲がその人物と
「違って? 藤典侍」
「い、いえっ。さすが中宮さま、内裏のことに
「
「主上が?」
「主上も報告を受けて聞いたようですけど」
(誰よ? その間違った報告をした奴は……)
菖蒲としては〝逃がした〟と身内の
(でも、変ね)
内裏に広がっている噂では、幽鬼は
疑問に思うものの、
◆
「
「今宵は
人間の方は
「内裏に現れた
晴明の報告に、忠行は
「――つまりこの件に、人間が関わっていると申すのじゃな?」
「
「そうなると
「師匠、主上への
「
聞けば、忠行の息子にして晴明の兄弟子・賀茂保憲は、
しかし晴明の頭の中は、幽鬼の件よりも、彼の前に現れた黒い
帝への簡単な報告を終えて清涼殿・昼の御座を
「浮かない顔だな? 晴明」
「この雨に
「俺としてはこの雨の中、門に立たなくてすんだけどな」
本日の冬真の
「いいのかそんなことを言って」
「左近衛府の
「あまりいい話ではないが、聞きたいか?」
「……お前のその顔で、
苦笑する冬真に、それほど自分は酷い顔をしていたのかと晴明は
◆◆◆
ああ、なにゆえに。
今日も嘆きの雨が降る。
なにゆえに、きてはくれぬ。
なにゆえに、みてくれぬ。
お前なら、わかるとおもった。
お前なら、答えると。
いつまで待てばよいのか。
いつになれば、お前はきづく。
わが声に。
◇
さらさらと、雨が降る。
それともこの世を
「聞いたか? 今度は四条の
「まったく、白骨にされるとは……」
どうやらまたも誰かの
しかも決まって雨の日か、雨が降った翌日に発見される。
とするならば、白骨となったのは今日。一日も経たずに骨になるのは、まずありえない。
『晴明』
晴明の横に、
「どうやら、手遅れだったようだな」
青龍、
『
「つまり、姿を捉えていない。そういうことか? 玄武」
『しかも、またあの
「あの華?」
『青い彼岸花さ』
青い彼岸花――、骸の側に咲くというその華は、今回も咲いたようだ。
間違いなく、人を骨に変えたのは
「正体を探らせない割には、
『人を骨にしておいてか?』
「だってそうだろう? まるで、ここに骸があるぞと教えているようなものじゃないか」
晴明のこれまでの経験上、そんな妖はいなかった。
人を喰らって骨に変え、華でその場所を報せる――、妖にはなんの特にはならないはずである。それともあっという間に
それならば、これまでにもあっておかしくはない。
頭を
塗籠を出た晴明は、目を
雨の中、それは
――あれは……、ではない。誰も……、ない。
必死に何かを訴える小さな火霊。
「
晴明の声に、火霊は一瞬大きく揺らぎ、雨の中に溶けていく。
おかげで、内裏での幽鬼騒ぎは早く決着がつきそうだ。
望みが叶えられると喜んだ火霊が呼んだのか、雨は上がった。
一気に乞巧奠にむけて
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