第六話 西方に異変あり
まさかまた青龍が雨を運んでいるわけではないだろうが、お陰で庭の
彼がいつもいるその場所には
特に六壬式盤は、陰陽師必須の占具である。
地盤の上で回転する天盤に視線を落としていた彼は、
『どうかしたのか?』
ふっと降りた
「お前こそ、どうした? まさか、
呼びも命じもしていないのに出て来たということは、天将が動くほどの何かが起きたのだろう。
『当たり前だ。〝神〟が、そのようなことをするか』
十二天将の名は、陰陽師ならばまず知らない者はいない。
その十二人の名は、六壬式盤に刻まれているからだ。
彼らは〝神〟だが、晴明の最強の
ゆえに、晴明がもし
「西の方角で何か起きたか?」
『先に気づいたのは
晴明が西の方角と行ったのは、式盤にて西に凶が出ているためだ。どうやら、占いは当たったらしい。白虎もまた十二天将だが、王都を西で守護する
正確には、
「妖気?」
『あの
「つまり
騰蛇は「
「
『賀茂忠行にか?』
「私が勝手に動くわけにはいかんからな」
『……わかった』
騰蛇は
◆
その周りに、青い
――ああ……、なにゆえ。
また一つまた一つと、燐火は〝それ〟に寄っていく。
いや、寄っているというよりも――。
皆、あの悍ましいモノに
ああ、なにゆえ。
なにゆえ、声が届かぬ。
なにゆえ、見えぬ。
なにゆえ、喰われねばならぬ。
お前なら――、聞こえると思ったのに。
◆◆◆
「本当なら、月見酒――としたいんだが……」
よって、夜警には陰陽寮から一人ついてくることになった。
幸いこれまで、幽鬼と
「相変わらず呑気な男だな、お前は」
白い
「そう思わんとやっていられんだろうが。なにせ俺たちがこれから
藤原冬真は
「あの世のモノを怖いと思うのは、自然の反応だと思うが?」
隣を歩く晴明は、そんな冬真に笑った。
「
「お前も怖いのか? 冬真」
「怖くはないが、
「悪いが、わたしは陰陽師なのでな。相手が人間ならそうするが、向こう側のモノとなるとそうもいかん」
「お前はそうだろうな……」
冬真は、怖いのは人間のほうだと思う。
出世や権力を得るためならば、
「――なにか騒々しいと思ったら、冬真? 晴明さままで――」
内裏から近い
冬真は自分を呼び捨てする人物を視界に捉え、目を半眼にした。
「怖くない人間が、もう一人いたな?」
晴明が笑みを
「……なぜ、お前が
声をかけたのは、冬真の
「中宮さまのお付きになったのよ。
菖蒲は
「お前が、中宮さまのお付きに、ねぇ……。まさか、また幽鬼退治か? その
「するわけないでしょ!」
ぷいっと顔を向けて裾を
◆
「従妹どのは大した出世だな」
「
なんでも冬馬は、子供の所に彼女が作った落とし穴に何度も落ちたことがあるらしい。学習能力に
ある殿舎まできたとき、晴明は足を止めた。
「ここは……」
「確か、
と言った。昭陽舎は梨の木が庭に植えられているため、梨壺とも呼ばれているらしい。
そんなときである。その昭陽舎で悲鳴がした。
「梨壺の更衣さまっ!?」
駆けつけると
「幽鬼が……いま……」
「くそっ……」
そこに、幽鬼はいない。
「昨夜、今度は昭陽舎に幽鬼が出たそうじゃのぅ? 晴明」
「駆けつけた時には、立ち去ったあとでした」
「相手は幽鬼、逃げられるのは無理はならろうて。大事にならずなによりじゃ。のぅ? 保憲」
話を振られた保憲は
「ええ。それより晴明、例の件だが玄武から聞いたぞ」
例の件とは、天将・玄武が晴明に報せてきた小倉山での異変である。
「して、お二人の意見は?」
「小倉山に
忠行が、白い
「父上、私が調べて参りましょう」
「
「他の誰かが危険を冒すより、私か晴明が行くのが適任では?」
「ふむ……」
忠行は思案ののち、小倉山に行くことを許した。
陰陽寮を保憲とともに辞すると、彼が
「うかぬ顔だな? 晴明」
「保憲どの。どうも大事なことを見過ごしている気がするのです」
「大事なこと?」
たびたび聞こえる「なにゆえ」という声。
時には
「相変わらず、
「保憲どの……」
「そう硬くなっていては、向こうの思うつぼだぞ? 晴明。迷いを捨てろとは言わんが、いざという時に迷えばどうなるか、お前が一番よく理解っている筈だ」
そう迷えば
「とりあえず、わたしが先に行ってみよう」
「くれぐれもご用心を」
はたしてそこになにがあるのか。
晴明の心は、この日の
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