第五話 弘徽殿の中宮
「まったく……」
黒地に
お
「おい、冬真。筆を止めるなよ。終わらなくなるぞ」
そう冬真を注意したのは、左近衛府のもう一人の
「どこのどいつか知らんが、
冬真の乱暴な仕草によって目の前の視界は
もともとじっとしていることが嫌いな冬真は、数冊片付けて
「
なんでも冬真は、何度か船を
幸い、それを
「げっ……」
視線を落とした冬真は、自分が担当していた書を見て
わかったのは、それを最初から書き直すことになったということだ。
冬真がようやく筆を走らせてしばらく、義隆が
「そういえば、四条の辻にまた
「次から次へと、よくもまぁ事件が続くもんだ」
「感心している場合じゃないぞ。そんな状態にされたほうはどうなるとおもう?
「つまり、
「ああ。
藤壺の女御は道端に置かれず、墓の中だが――と突っ込むのをやめて、冬真は眉を寄せた。
「かの
「
義隆が、冬真に気をつけろと言ったのは「お前も藤原一門」だかららしい。
まさか
確かに関白にすれば、第一皇子が
(あの関白さまならやりかねないが、
中宮・
性格は父親の関白・頼房に似ず優しく、
こうなると忙しくなるのは、近衛府ではなく
(また
冬真はそう思いつつ、筆を走らせた。
◆
「あなたがいきなさいよ!」
「いやよ! あなたのほうがいきなさいよ!」
行く行かないで揉める彼女たちに、
「いったい、なにがあったんですの?」
「
(その呼び方はやめて欲しいんだけど……)
「ここでは――」
苦笑すると、女房たちは
「申し訳ございません……、
菖蒲の地位・
聞けば、
中宮と
当時、中宮は
(また、
頭中将・
つまり、弘徽殿に行くと頭中将が待っていて、責められるのではないかと彼女たちは思っているらしい。
結局――。
「やっぱり、こうなるのよねぇ……」
弘徽殿に向かう
彼女たちからさっさっと離れればよかったものを、苦手とする藤内侍に呼ばれてしまった。しかも藤典侍ではなく、敢えて若菖蒲の君と呼んでくること
弘徽殿の
「やぁ、いつぞやはすまなかったねぇ」
白地に
かたや、他の女人の元に向かう途中で、かたやその男を幽鬼扱いした
中宮といたのは、
◆◆◆
日差しが注ぐ弘徽殿――、菖蒲からすれば
いや、帝に刃を振り下ろした
そもそもあの時――、幽鬼を退治してやろうと思ったのが
そんな菖蒲に比べれば、中宮・瞳子の
しかしなぜか呼び出した
「
「中宮……、まるでわたしが
「似たようなものですわ、手を出すのなら、内侍所ではなく他の殿舎になさいませ。世話をしてくれるものがいなくなりましてよ? 主上」
美しい花には何とかというが、瞳子はかなりの棘を持っていたようだ。顔に似合わず、言葉は
しかし、
「あの……中宮さま……」
「あら、なぁに? 藤典侍」
「主上とはその……」
まさか薙刀で襲いかかりましたとはいえず、菖蒲は
「そうだ中宮、彼女には手は出しておらぬ」
「あら、そうですの。前の内侍のこともあり、てっきりそうかと」
(なるほどね……)
最近まで瞳子の世話をし里に下がったという内侍――、恐らく帝の手がついたのだろう。
歴代の帝の中には、内侍との間に
帝は何かを言いかけて、半開きの
それから妙な
「どうだろうか? 中宮。彼女をそなたの新しい
(はい?)
とんでもないことを言い出す帝に、菖蒲は
確かにあの藤内侍から離れられるのいいことだが。
「それはいいですわね? 主上」
すっかりその気の二人に、菖蒲は全力で
これまで多少の失敗は許されてきたが、中宮の
どんな罰が与えられるかはわからないが、〝上品〟という言葉から離れている自分が、なにをしでかすか怖い。すると中宮・瞳子が話の
「藤内侍、あなたの
(誰よ? そんな話を中宮さまに吹き込んだのは……)
恐らく、藤内侍・章子だろう。
忙しいと言いながら、よくも半月前の事を覚えているものである。
半月前――
右大臣の息子は近衛府中将、よくもまぁそんな男が住んでいる
菖蒲の邸は右大臣邸から少し行った所にあり、
賊はなんと、屋根から菖蒲が眠る北の
菖蒲は悲鳴も上げず、賊を睨んだのだから無理はない。
そのあとは、菖蒲は思い出すも恥ずかしい。
ただ、
確かに、その時は今のように女房装束ではなく、
いくらここでは
「ですが……中宮さま……」
言い
「藤内侍、例の幽鬼の件、存じていよう? もしアレが中宮を呪っているのならば、守って欲しいのだ」
「はぁ……」
気が重いが、帝に言われてしまっては嫌とはいえない。
「そういえば、主上。安倍晴明どのにも今回の件を依頼されたとか?」
「わたしとしては、アレが
帝の言う〝そなたたち〟の中には、関白も含まれているのだろう。
「主上、わたしも父も、藤壺さまと宮を呪詛などしておりませんわ」
まっすぐと帝を見据える瞳子の目は、偽りを言っているようには菖蒲には見えなかった。
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