第二話 王都に彷徨う魂たち
ああ、なにゆえ――。
聞け。
なにゆえ、われは。
聞くがいい。我が叫びを、
お前には聞こえぬのか。
我が
聞け。聞け。
我が
さぁ――……と、風の音がする。
湿った風とともに、別のなにかが耳に触れた。
「どうした? 晴明」
晴明の目の前で、同じく土器を口に運んでいた男――、
「いま――、誰かの声がしなかったか?」
「いや、風の音じゃないのか?」
耳を
晴明に聞こえたそれは、確かに〝声〟というよりも、〝音に〟近い。
時刻は
一条大路は
対し冬真は
本来は常に烏帽子を着用するのが成人男性の
大内裏では
今や、飛ぶ鳥を落とす勢いの藤原一門。
藤原四兄弟を
晴明は己と冬真の関係に、おかしな取り合わせだと
かたや名門貴族の息子、かたや
冥がりは心に宿した闇、人に
冬真はそんなものは気にしないというが、妖という存在を
いつか人を
さすがに
そんな自分が、こうして人と酒を呑み交わしているのだ。これが、嗤わずにいられるだろうか。
「また誰か死ぬと思うか?」
「酒の
「そう思うのは俺だけじゃないと思うぞ? 王都の真ん中で
晴明は顔を
王都に髑髏が転がっている――、冬真の話は
晴明は、
彼が棲む池の
王都で人を骸にしたのは、その蛟なのだろうか。だが何故か、人を喰ったであろうモノを誰も見てはいないという。見たのは蛙の化生だけだ。
「そういえばお前、関白さまに呼ばれたそうじゃないか?
「ああ……」
関白・藤原頼房の
「お前を呼んだと云うことは、よほど痛くもない腹を探られたくないらしいな」
冬真がそう言って、笑みを
◆◆◆
藤壺は後宮にある
七年前――、
問題は亡くなった第一皇子の
呪詛をしたのは、孫を
本当のところはどうだったのか――、口にしないまでも、
――だから、私か。
冬真の話を聞いていて、晴明は納得した。
いつもは帝を
晴明は帝を誑かしてはいないし、権力を得ようとも思わない。
もともと
何かが起こる前は、
(
夏越しの祓えとは、罪や穢れを
「いつも思うが――」
冬真が笑みを浮かべる。
「なんだ?」
「陰陽師とは大変だなと思ってな」
「思っていたら、仕事の邪魔はせんと思うが?」
冬真がやって来たとき、晴明は貴族たちから依頼された
◆◆◆
昨夜に降った雨のせいで道は
湿気と蒸し暑さ、
「まったく、まだ邸に着かぬのか……!?」
イライラをぶちまける男に、
「車輪が泥濘みにはまった様子……、しばらくお待ちを」
「早く致せ!」
「なにゆえ、こんなモノが……」
それはシュルシュルと床を這い、男の前で
なにゆえ――。
男は
さっきまで、己が乗っていた牛車の音が遠ざかっていく。
ああ、なにゆえわたしはここにいるのか。
なにゆえ、誰も聞こえぬのか。
なにゆえ――。
◆
人がまた一人死んだ。
骨の側に青い彼岸花。
それは、嘆き悲しむ
なにゆえに、聞こえない。
なにゆえに、消えねばならぬ。
さぁ、聞くがいい。
答えよ。
我が問いに。我が
風の乗るその声に、木の
声の主はいったい誰なのか。
そんな彼女の前に、ふっと
『珍しいこともあるものね? 青龍。あなたが降りてくるなんて』
その男は
『あの声、お前にも聞こえていただろう。
『人が蛟に喰われたって言っていたわね。でも変だわ。
二人は、晴明が
しかし、青龍の晴明に対する反応は厳しい。
『あの
晴明は人間と妖の両方の血を引く半妖――。
そのことは当初からわかっていた筈である。
納得の上で、式神となった。
『相変わらず、晴明には厳しいわね。でも青龍、彼は私たち
青龍は青い髪に青い
『奴が冥がりに陥ちぬと? まぁいい。その時は主たる器なしとみるまで』
言いたいことをいって
十二天将は神――、普通なら異界にいて
数年前――安倍晴明が、彼ら一人一人を訪ねにやって来る前までは。
太陰は、再び視線を前に戻した。
もうあの声は、聞こえては来なかった。
あれは、誰が誰に対しての声だったのか。
聞け。聞け。
我が声を聞け。
お前になら聞こえるはずだ。
さぁ、答えよ。
なにゆえなのか、そのわけを。
太陰は
もし本当に人が喰われたのなら、じっとしてはいられないのだが。
声も聞こえなくなった今ではどうしようもなく、太陰は一人、風に吹かれていた。
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