第一話 すまじきものは宮仕え
かの
――世、
幸いにしてそうならずにすんだものの、もし実行などしていれば、鎮めるよりはかえって怒らせる結果になるのだ。
陰陽師・安倍晴明――、当年二十六歳。
(彼らはあの
陰陽師は
式神には
その中でも東を守護する青龍は、これがなかなか手こずる。呼んでも聞こえているのかいないのか、返事はしないし、忘れた頃に現れて
役に立ってくれる時もあるが、
ゆえに、よほどのことがない以上は、
そんな晴明の
「……
蛙に話しかける彼を、
『話があるのだが?』
「やはり、
軽く舌打ちをした晴明である。
この王都には、人以外のモノもやってくる。多くは
蛙の化生は、
『あいにく、礼をする
「そんなものはいらん。私は
『お前なら、どんな依頼も聞いてくれると聞いたぞ? 安倍晴明』
いったい誰からそんなことを聞いたのか、蛙は退く気配はなく、といってこのまま蛙を足に貼り付かせたまま朱雀門を潜るわけにも行かない。
また
晴明は
「それで?」
◆
――ああ、なにゆえ……。
ぽつりと浮いた青い
恐らくその火霊は、喰われている者の
あまりもの
彼も妖の一種だが、人は喰わない。
妖の中にはその妖を喰うモノもいる。次は己かも知れぬ。
そして自分も嘆くのだ。
静かに暮らしていただけなのに、なにゆえと――。
「あまり――、いい話ではないな……」
話を聞いていた晴明は、
蛙の化生に寄れば、
そもそも、依頼してきたのは化生だ。
人間に依頼される事があっても、人以外のモノから依頼されることはなかった。
まだ
陰陽寮に
出会った頃は若かったその顔は今や深い
化生となったもう一人の自分を――。
冥がりに近い自分は、
人として
亡くなった時ここにいるのだと、導いてくれる
晴明に依頼してきた、蛙の化生も思ったという。
自分が死んだら、華は咲くのかと。ここに骨があるのだと報せてくれるのかと。
「えらく難しそうな顔じゃのう? 晴明」
「門の前で蛙と立ち話をしまして……」
「蛙?」
目を
だが忠行から聞かされる話の内容も、また
◆◆◆
朱雀大路の一番北に位置する
そんな大内裏は東の門・
(何も起きないのはけっこうなことだが、こうも
大内裏と帝を
「
そう冬馬に言ってきたのは、冬馬とともに陽明門を警護していた
「いつから都は、
肩を
人は亡くなればその
「違いますよ。何者に襲われて
「喰われた?」
冬馬は
少将の話によると、報せを受けた
おかげでその検非違使は、
物忌みとは、一定期間飲食や行動を
「ゆえに
「どおりで、
冬馬は半眼で、ため息をついた。
この王都では、死は
ゆえに人による直接の殺人は起きないが、喰われるというのはいただけない話だ。
(あいつの出番か……)
視線を
星と
「ここだけの話ですが、
ますます、いただけない話である。
藤壺は、正式名を
七年前、飛香舎の
「だがあそこは、主は不在のままだと聞いたぞ?」
無人の飛香舎となった理由は、藤壺の女御に続いてその皇子も七歳で亡くなり、死人を二人も出したためだ。
しかも幽鬼が
(晴明も、大変だな……)
幽鬼を
もともと人付き合いが苦手らしい晴明は、今頃その眉間に
冬馬はそんな姿を想像して、ふっと笑った。
◆◆◆
――今日は
蛙の化生に妙な依頼をされ、師には内裏に幽鬼が出たといわれ、今度はそれを祓えと
「できぬと申すか? 安倍晴明」
いつもなら都に幽鬼が出ても「くだらぬ」と
「……と、言われましても」
今すぐにでもやれと言いたいのか、頼房の目は
幽鬼とて、
関白・
今や大内裏は藤原の天下、深くは内裏の奥・
顔を合わせれば嫌味を言われ、晴明としてはなるべくなら顔を合わせたくはない人物である。なのにだ。
陰陽師は他にもいるのだ。わさわざ帝の
晴明の
「頼房、晴明の意見を聞いてはどうか?」
口を開いたのは、御簾奥に座していた
「
「幽鬼が誰なのか、それを確かめてからでもよいと思うが?」
さすがに帝に言われては反論できぬのか、頼房は口をつぐんだ。
結局、幽鬼が何者か占うようにとの帝からの指示となった。
どちらにしろ、引き受けることになった晴明は、
その庭で、蛙が跳ねた。
(しつこい奴だな……)
おそらくあの、化生だろう。
青い一輪の華が、揺れていたからだ。
「……っ」
だがそれは、庭を駆け抜けた風に掻き消され、いつもの見慣れた景色に戻ったが。
日頃の仕事による疲労が見せた幻だったのか、それとも何かの報せか、華の色だけがしっかりと脳裏に焼きついて、晴明は
それから間もなく――、せっかく顔を出した日輪は再び雲に隠れ、王都に雨が降り始めた。
◆
その雨を、物言わぬソレが見上げていた。
白い骸となった人のなれの果て。それが、そぼ降る雨に打たれていた。
――ああ……、なにゆえに。
恐らく自身に何が起きたのかわかっていないのだろう。
あっという間だったのだから。
黒く窪んだその目は、もう光を宿さない。口は言葉を出せない。
肉を剥がされ骨となり、なにゆえと嘆く念だけが残る。
――また、人が喰われたぞ? 安倍晴明。
いつからなのか、雨が降ると華が咲く。
骸の横で、その華は揺れていた。まるで
蛙の化生は
人間たちには聞こえないのだろうか。
なにゆえと、嘆くあの声が。
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