序章
その
その華を
それは、
ぽつりぽつりと浮かび上がり、時には激しく、時には
――逃げなければ。
その光景に
周りに光はなく、ただ青く燃える
――逃げなければ。早く。
はたして自分は、本当に前に進んでいるのか。
走っても走っても、先には何も見えない。
――無駄ダ。お前ハ、コチラ側ノ存在。
鬼火は幾つも燃えて、彼の行く手を
その
――ああ、僕はこのまま
――せいめい。
誰かの声がして、少年は顔を上げた。人の手がそこにあった。
今この手を取らなければきっと後悔する。
少年は
◆
さぁ――……と、音がしていた。
上げられた
――まさか、昔の夢を見るとは……。
青年は
今や、希代の陰陽師と言われる、安倍晴明。
その過去は、暗いものだ。
そんな人々の目から、彼は逃げた。
そのほうが、楽だと思ったのだ。
だが実際は、冥がりの住人も優しくはなかった。いい
実際に父に聞いたわけではない。あれは妖の子だと、周りがいっていただけだ。
父に聞かなかったのは、真実を知るのが怖かったのだ。はたして
晴れていれば依頼された
ふと、晴明はその存在に気がついた。
いつからそこにいたのか、青く燃える鬼火が儚げに揺れていた。
――どおりで、夢にまで鬼火が出るはずだ……。
渋面で見据えるも、晴明はこういったものには慣れていた。昔は怖かったが、陰陽師となると人よりも、異界との付き合いのほうが多くなった。
誰ぞから
仕方がない――。
晴明は
ようやく静かになったと思えば、今度はぴちゃぴちゃと水音が聞こえてくる。
晴明は、
「今度はお前たちか……?」
板敷きの床で、
一応、妙なモノが入り込まないよう結界を張ってあるのだが、こうした小物は簡単に入ってくる。特に雑鬼は、人間の家ならどこにでも
「いやぁ……、よく降るよなぁ」
「人の家を水浸しにするつもりか……?」
「そう怒るなって。雨宿りくらいさせろよ。雨に濡れると可哀想だろ? 俺たち」
いけしゃあしゃあと言ってのける雑鬼に、晴明は半眼で腕を組んだ。
「どこが?」
第一、蛙の化生は雨に濡れたところで、ちっとも可哀想ではない。
それよりも、芋の葉から
湿気対策にと蔀を上げたことを後悔しつつ、晴明は語気を強めて言った。
「消えろ」
さぁ――……と、雨が降る。
無駄に広い
人間嫌いになった息子をどう思っていたのか、父・
彼曰く、王都での暮らしは
あの時――。
夢の中で、晴明が
冥がりに沈みかけた幼い彼を引き上げたのは父だったのか、それとも陰陽師に
立ち上がり、
雨の中、
あの鬼火のような、青い
しかしそれは幻だったのか掻き消えて、見慣れた庭の景色が広がっていただけであった。
彼岸花の別名は〝死人花〟。
華を辿れば、自然と冥がりに着くという。
どうやら〝向こう側〟は、晴明を冥がりに引きずりこむことをまだ
晴明は華が揺れていた場所を
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます