第180話 Side - 16 - 9 - きょうはやくびだな -
Side - 16 - 9 - きょうはやくびだな -
「・・・」
「先生、大丈夫ですか」
「身体は大丈夫だが精神的には大丈夫ではないね」
私の名前は騨志勝雄(だしかつお)50歳、この国の内閣総理大臣だ。
私は今病院で治療を受けている、治療といっても転んで膝と手のひらを擦りむいただけだ、病院には官邸から秘書官の豆柴くんが来てくれた。
これから首相公邸に戻るのだが公用車で帰るのは無理だろう、マスコミが病院の前に詰めかけているらしいので公用車を囮にして裏口からこっそり出る手筈になっている。
明日の新聞の一面記事は私が華々しく飾るだろう・・・。
私は今日、都内某所で行われた式典からの帰りに狙撃された。
「本当に危ないところだったと聞いています、星噛さんが居てくれなかったらどうなっていたか」
「・・・そうだね」
私は不本意ながら・・・とてつもなく不本意なのだが!、星噛紗耶香(ほしがみさやか)に命を救われた。
彼女は別に意図して私を助けた訳では無い、この事実を知るのは世界で私だけだろう・・・。
今朝堂々と遅刻してきた星噛紗耶香(ほしがみさやか)は私にこんな事を言っていた。
「総理、ゴミに埋もれていつも履いている靴が見つからなかったんです、遅刻しそうだったし誕生日にお祖父様がくれた踵の高いヒールしかなくて・・・余計に背が高く見えますよね・・・ぐすっ・・・あ、お弁当ありがとうございました、唐揚げとロールキャベツ美味しかったです」
私が予想するに、履き慣れない靴だったから躓いたのだろう、私の後ろからいきなり抱きついて来たのだ、その直後まるで神の悪戯のようなタイミングで狙撃されてしまった・・・。
「あぅ・・・」
これは抱きつかれる直前に彼女の口から出た言葉だ・・・狙撃に気付いて危険を知らせるようなものでは無い。
だが・・・傍目には彼女が狙撃にいち早く気付き、身を挺して私を凶弾から庇ったように見えてしまった、更に最悪な事にその様子は取材に来ていたマスコミの手によって全世界に報道されたのだ。
>ダーシー総理の後ろの女性すげぇ!、仕事が出来る女性って感じだったけど護衛なのか・・・。
>身体を盾にして要人を守ったSPの鑑、かっこいい!。
>まるで映画みたいだ!、彼女は英雄だね。
>男女平等社会とはいえ、女性にこんな危険な仕事をさせるなんて・・・。
>俺もあんな美女に守られてぇ!。
>イロモノ総理なんて庇わなくていいのに、僕の天使ちゃんが怪我したらどうするんだ!そんな奴に雇われてないで僕の所に・・・。
>胸は控え目だがまさに彼女は天使だ、付き合いたい!。
>お・・・おぢさんと一緒に遊ぼうよ。
治療が終わった後の待ち時間、事件について検索すると予想通り日本中が大騒ぎになっているしSNSやネットには様々な書き込みがされていた。
一部不穏な内容もあるが日本は今日も平和だ、天使ちゃんが欲しいならいつでもくれてやるぞ・・・駄天使だがな。
ばしゅっ!
まだ耳に残っている・・・私のいた場所に着弾した時の音だ、報告によるとサイレンサー付きの狙撃銃で撃たれたらしい。
一つ間違えたら私は死んでいたのか・・・、なりたくもない総理大臣やらされて命まで狙われるなんてどんな罰ゲームだよ。
ぶぉぉぉぉん!、ばおん!、ばおん!、・・・キィ・・・
がこっ
ギッ・・・
ガチャ・・・
「総理、つきました」
外の景色を眺めてたから言われなくても分かっているぞ、星噛紗耶香(ほしがみさやか)が車を降りて私の座っている方のドアを開けた、車はもちろん彼女の愛車、魔改造トゥデイだ。
病院に居ないと思っていたらタクシーを使って自宅マンションまで車を取りに戻っていたらしい。
ちなみに公用車には私の影武者と豆柴くんが乗って都内を走り回っている、マスコミを撹乱し頃合いを見て首相官邸に戻って来る手筈だ。
「総理は手を怪我してるから私が荷物を持ちますね」
「あぁ・・・ありがとう、・・・それから今日はよくやってくれたね、お疲れ様」
星噛紗耶香(ほしがみさやか)が私の荷物を持ってくれるそうだ、不本意だが一応彼女は命の恩人・・・、私は車を降りて礼を言った。
「えへへ、・・・総理に褒められちゃった」
ものすごく嬉しそうだ、私に褒められてそんなに嬉しいのか、そういえば褒めた事なかったな・・・今まで褒められるような事は何一つしてないから当然なのだが。
「わぁ、ここが総理のプライベート・スペース・・・広いです!」
「確かに広いね、まぁ私はキッチンと寝室しか使っていないが」
そう言いつつ、私は星噛紗耶香(ほしがみさやか)を初めて自分のプライベート・スペースに入れていることに気付いた、私の荷物を両手に持って流れるように自然に入って来たから全然違和感が無かったぞ!。
「どこが良いかな・・・あ、ここが良いかも」
星噛紗耶香(ほしがみさやか)が嬉しそうに客間に入って行った、待て!、まさかお前・・・自分のマンションがゴミ屋敷になったからここに住むって言うんじゃないだろうな!。
私は星噛紗耶香(ほしがみさやか)の後に続いて客間に入った。
「あ、アメリア様、私、紗耶香です、総理のお家に潜入成功しましたぁ」
右手に単一乾電池ほどの金属の塊を持ち、指輪に向かって訳の分からない事を言っている・・・。
ぱあっ!
「うわ眩しっ!」
「こんばんは、総理」
眩しい光と共に、私の目の前にアメリア・セーメインが現れた。
「今日は厄日だな・・・」
もきゅもきゅ
「総理!、美味しい!、美味しいです!」
「そう・・・」
もきゅもきゅ
「うん、美味しいね、騨志(だし)総理が料理上手だとは知らなかった」
「特に公表していませんでしたから・・・」
「公表すればいいのに、家庭的で料理が得意な政治家・・・国民の好感度が上がると思うけど」
「政治の実力以外で評価されても・・・」
「真面目な人だね、でもこれから日本のトップとして・・・いや、私が口出しする事ではないか・・・」
「いえ、自分でも世渡りが下手なのは分かっているのです」
私は今、首相公邸のプライベート・スペースにあるキッチンで夕食を食べている、もちろんアメリア様と星噛紗耶香(ほしがみさやか)も一緒に・・・。
弁当を作る為に仕込んでおいたハンバーグを焼いて、ふわとろ卵を上に乗せ、ケチャップと香辛料で作った特製ソースをかけた、自分でも上手くできたと自負している。
ハンバーグは昨日仕込んでおいて良かった、今日は手を怪我しているからあまり水に濡らせないし汚せない。
米はいつも私が帰宅する頃に合わせて炊き上がるようにしている、それに紫蘇と乾燥ワカメを入れた混ぜご飯にした、汁物は手の込んだ物が作れなかったからインスタントだ。
「え、今日狙撃されたの?、それは大変だったね・・・」
「アメリア様知らなかったの?、今日本中が大騒ぎだよ」
星噛紗耶香(ほしがみさやか)がアメリア様に言った。
「あぁ、今ここに居る私は9年後の未来から転移して来ているからね、昔、総理が狙撃された事は新聞に出ていたから知ってたけど、それが今日だったのは知らなかったのだ、今の時間軸の私は高知県で会社員をやっている」
「ふーん」
いや何がふーんなのだ、そんなにさらっと流していい発言じゃなかったぞ、未来から転移・・・だと?
「それで・・・今日アメリア様はどうしてこちらに?」
「星噛の本邸に呼び出す時に毎回東京の別邸まで来てもらうのも面倒だと思ってね、総理も忙しいだろうし、次からは私が転移してここに迎えに来ようと思っているのだ」
「はぁ・・・」
「説明が悪かったね、私は一度行った事のある場所、それから写真や動画で見た場所には転移できるのだ、でもこの首相公邸・・・しかも総理のプライベート・スペースに関しては資料が無くてね、紗耶香ちゃんがここに入って、その指輪を目標にして転移して来たのだ」
「そんな事ができるのですか?」
「うん、紗耶香ちゃんの嵌めている指輪は裏に魔法陣が刻んであって、指輪のある場所に私が転移できるようになっている」
「・・・」
「まぁ、幻術で警備を潜り抜けてこの中に入る事も出来たのだけど、不法侵入はしたくなかったし、離伯(りはく)くんからできるだけ紗耶香ちゃんに仕事を与えて、やり遂げたら褒めてやって欲しいと頼まれていたからね」
「アメリア様、私まだ褒めてもらってません」
「よしよし、偉いねー、よく頑張ったね」
なでなで・・・
あのジジィ・・・親馬鹿・・・じゃなくて爺馬鹿か・・・恐ろしい顔してる癖に孫には甘いようだ、それに・・・。
「幻術・・・とは何でしょうか?」
「総理、アメリア様は陰陽師の安倍晴明だから幻術が得意なの」
「あべの・・・せいめい・・・ってあの?」
それも初耳なのだが!。
「そういえば総理には言ってなかったね、私は平安時代の日本で安倍晴明と呼ばれていた陰陽師なのだ」
「・・・」
私はこれ以上考えるのをやめた・・・。
「今まで彼女が執拗に私のプライベート・スペースに入ろうとしていたのも・・・」
「そうです、アメリア様とお祖父様からの指示、公邸の中に入ってアメリア様を転移できるようにしろって」
一緒に住みたい訳じゃ無くてクソジジイからの指示だったのか・・・なんて事だ、私は自意識過剰だったようだ・・・。
「それでね、近いうちにやってもらいたい事があって相談したいのだ、少し前に宇宙船が来た事があったでしょ、その件で・・・」
「宇宙船・・・ですか?」
とても嫌な予感がする・・・今日は本当に厄日だな・・・。
ピッ・・・
トゥルルル・・・
「Boss, the mission failed, I was interrupted by the security woman・・・」
「No need for excuses Next time I make a mistake, I won't forgive you」
「Boss・・・」
ツー・・・ツー・・・
「・・・」
「いらっしゃいませー」
「・・・スパイしぃ・・・もすバーガぁ・・・いちこ・・・こぉらのえむ・・・おねガイしマス・・・こ・・・ここデ・・・食べマす・・・」
「スパイシーモスバーガー1個とコーラのMですね、750円になります」
ちゃり・・・
「750円ちょうどお預かりしまーす、少々お待ちください」
「お待たせしましたぁ」
「あ・・・アリガと・・・ござ・・・マス」
とてとて
がさがさ・・・
もきゅもきゅ・・・
「ひっく・・・ぐすっ・・・」
もきゅ・・・
ぽろぽろ・・・
「うっく・・・」
ごしごし・・・
ひそひそ・・・
「ねぇ、美希さん、あの子どうしたんだろ、泣きながら食べてる・・・」
「最近よく来てる子だね、最初は観光で来た外国人かと思ってたけどいつも一人なの、それにまだ子供だし、・・・親はどうしたんだろ」
「声掛けてみようか?」
「やめておいた方がいいわ、お客様の事情にあまり立ち入らない方がいいと思うよ」
「・・・」
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