第181話 Side - 16 - 10 - くろきねこすけ -

Side - 16 - 10 - くろきねこすけ -



私の名前は久露鬼猫介(くろきねこすけ)39歳、警視庁公安部に勤務する警察官で階級は警部補だ。


だが警視庁には私の席は無いし名簿にも載っていない、所属する公安第七課も表向きには存在していない事になっている、それから・・・私の直属の上司も組織図通りではない。


名目上は内閣総理大臣より直接仕事を受ける事になっているのだが実際はとある人物より任務を命じられる、そしてそれを遂行する為に私は日本国のいかなる法律にも縛られない・・・つまり超法規的な立場を与えられている。


法治国家である日本でそのような事が可能なのかと思う人も居るだろう、だが現実に私という人間が存在している。


余談だがこの事実を知り公にしようとした者はいつの間にか消息を絶ったり、不幸な事故で亡くなるそうだ・・・まぁ・・・つまりは消されたのだろうな、私の知らない謎の力によって・・・。


元々私は自衛官だった、身体能力も高く射撃の成績は常にトップ、やや協調性に欠ける所はあったが普通に人付き合いは出来ていたと思う、今後の活躍を期待されていたし私自身もその気でいたのだ・・・当時の防衛大臣に突然呼び出されるまでは・・・。


私のような薄給の人間には一生縁が無いであろう格式のある料亭に呼ばれ、そこに居た一人の男より銃を手渡された・・・手にずっしりと重量を感じるそれはどうやら本物のようだ。


男の名は薄刃重慶(うすばじゅうけい)、そいつは私の目を見てゆっくりと頷き「これを見れば意味が分かるだろう?」という顔をしている、もちろん私には全く意味が分からない、私の隣に座っている大臣に説明を求めようと目を向けると緊張しているのか青ざめて震えている・・・。


「これは・・・何でしょう?」


私の言葉に男は信じられないという顔をする・・・隣の大臣は顔色が悪い・・・どころではなく紫色になっている、今にも死にそうじゃないか、頼むから分かるように説明してくれよ。


「銃である」


男は簡潔に答えた、いや私は現役の自衛官、これが銃なのは見れば分かるのだが!。


「それは見れば分かるのですが・・・」


「ひゅっ」


今の「ひゅっ」は隣の大臣が発した言葉だ。


そのような噛み合わない会話を10分ほど続けただろうか、ようやく男は私が何も知らされていない事を察し、最初から丁寧に説明をしてくれた。


この国には以前から法に縛られる事無く政府から依頼された仕事を秘密裏に処理する人間が存在する、そいつが先日不慮の事故で死んだ為後任が必要になった、そこで優秀な私に声が掛かった・・・と聞かされた。


「私を評価して頂いた事はありがたいのですが・・・」


断ろうとした私を大臣が慌てて止めた・・・顔色はもう死人のようだ、どうやら私に拒否権は無いらしい・・・。


「君の両親はすでに亡くなっていると聞いている、それに友人も少なく恋人もいない、独身で童貞・・・間違い無いかね?」


「・・・はい、間違いありません」


友人や家族構成についてはまだ分かるのだが、何故童貞だとバレたのだ!、目の前の男にそう尋ねようとした時、大臣が倒れた。


「使えない男だな・・・」


男はゴミを見るような目で一瞥した後そう呟き、背後に控える男に指示を出し大臣を部屋から連れ出した。


「さて、その銃は殺人の許可証だと思ってもらって構わない、今この時を以って君はどのような行動をしても法で裁かれない、例え誤って無実の人間を殺したとしても・・・謎の力が介入し、決して表沙汰にはならない」


殺人の許可証・・・前に映画で見た007のようなものか・・・まさか自分がその立場になるとは思わなかった・・・どうにかして断れないだろうか。


「何か私に質問は無いかね?」


「何故・・・私が・・・」


「選ばれた理由を聞きたいのかね?、では教えてやろう!、それは君が優秀でこの仕事に適任だと我が薄刃家が判断したからだ」


・・・いや、何故私が童貞なのを知っているのか聞きたかったのだが!、ダメだこいつ、人の話を最後まで聞かないタイプだ!。


「食事をしながら話そうではないか」


男はそう言って私の目の前に並ぶ高級そうな和食に手をつけるよう促した、だが今私はそれどころでは無い、この男が何者なのか、大臣は大丈夫なのか、私はこれからどうなるのか、何故童貞だとバレたのか・・・。


多くの疑問と戸惑いそして緊張で全く味がしなかったのだが僅かに残った気力を振り絞り私は男に言った。


「とても美味しいです」









そして時が流れ当時23歳だった私は39歳になった。


今や私は世界中の裏組織や諜報機関から一目置かれ恐れられる存在になった、奴等は私の事を畏怖を込めて「黒猫」・・・或いは「薄刃の黒猫」と呼んでいる・・・。


一介の自衛官が各国から恐れられるようになるまで説明を省いたのには理由がある、私にとっては忘れたい過去なのだ。


本当に大変だった・・・、修行だと言ってインドの山奥にパラシュート降下させられ、そこで半年間サバイバル生活した時には何度も死を覚悟した、それから訓練で連れて行かれたアマゾン川ではワニと・・・いや・・・この辺でもう許してくれ、当時の事を思い出すと吐きそうになるのだ。


あの地獄のような訓練と比べれば人の命を奪う事など容易い、銃で撃てば簡単に死ぬのだから・・・だがグリズリーは全弾撃ち込んでも死なずに私を喰おうとした!、あんなのは反則だ!。


薄刃家からは私の・・・おそらく監視だろう、補佐官が付けられた、これまで何人か交代したのだが今は女性の補佐官だ。


名前は薄刃沙霧(うすばさぎり)、肩書きは警視庁公安部に所属の警部補・・・という設定だ、もちろん私と同じで実際の名簿に彼女の名は無いがキャリア組で前に所属していた部署では優秀な警察官だったらしい。


黒のスーツを上品に着こなし、隙の無い動きで私のオフィスに入って来た彼女は気怠そうに私に明日のスケジュールを告げる。


肩に少し掛かる長さに切り揃えられたサラサラの黒髪が美しい、いつもの事だが妖しく濡れた紅い唇が色っぽいな、39歳の童貞には目の毒だ。


「久露鬼(くろき)警部補、明日10時、総理大臣と面会せよと父から連絡がありました」


「場所は?」


「星噛家別邸です」


「分かった」


そう、彼女は私をこの世界に引き入れた張本人、薄刃家当主、薄刃重慶(うすばじゅうけい)の娘だ。


「面会の目的は?・・・もしかして先日の狙撃と関係があるのかい?」


「はい、父は警部補に総理の護衛をさせたいようです、薄刃の黒猫が動いたとなれば相手も警戒するだろう・・・と」


公安部の私が警備部の仕事である要人警護をするのは業務管轄外なのだが私はこれまでにも様々な仕事を薄刃重慶(うすばじゅうけい)から押し付けられ・・・いや、命じられて来た、今更文句を言う気は無い。


それに無茶な仕事の後には悪くない額の特別報酬が出る、私はこの仕事を始めてから全く金には困っていないが・・・あって困る物でも無いだろう。


「そうか・・・」


私は執務机に備え付けられている座り心地の良い椅子から立ち上がり、国が・・・いや、薄刃家が用意してくれたタワーマンションの最上階を改装した住居兼オフィスの窓から大都会、東京の夜景を眺めた。


「では私はこれで」


「あぁ、遅くまでお疲れ様、もう9時か・・・夕食はどうするんだい?」


「先ほど下のレストランで済ませました」


「・・・そう」


「では失礼します」


バタン・・・


「・・・今日も誘えなかったか」


私はオフィスの1階下・・・49階にあるイタリアン・レストランに一人で向かう為、スーツの上着と拳銃・・・ベレッタM92FSの入ったホルスターを手に部屋を後にした。










くぅー・・・きゅるきゅる・・・


「Ah・・・, I want to eat Mos Burger・・・」


私の名前はティナ・ブレット、14歳の女の子です。


今私の脳内は英語で思考しているのだけど、謎の力が働いて皆さんには言葉が通じていると思います。


私が組織の命令で日本に来て早いもので1ヶ月が経ちました、お仕事の待ち時間の多くを日本語の学習に使ったので今の私はカタコトだけど日本語が話せます。


もちろん暗号のような漢字やカタカナは読めませんが・・・。


今私が暮らしているのは東京都郊外のとあるアパート、日本語では「フロナシヨジョウハンノクソボロアパート」というらしいです、私をお部屋に案内してくれた大家さんが教えてくれました。


お部屋はこれぞニッポン!という趣きの狭くてカビ臭い畳のお部屋です、動画を見て想像していた通りの風景が広がっていました、このような場所に住む日本人を私は尊敬します。


確か・・・「キョジンノホシ」というアニメで父親がひっくり返しているのを観た「チャブダイ」もちゃんとあります、「アシタノジョウ」や「チヴィマルコチャン」も日本語のお勉強の為に組織から与えられたスマートフォンでよく見ています。


それから・・・お部屋の外に時々現れる野良猫さんは私の心を癒してくれます、「ゴルゴ」という名前まで付けてしまいました、私が食べ物をあげるとすり寄ってきます、とても可愛いです!。


私が与えられた日本での任務は暗殺です、私は組織の命令に従いこれまで多くの人間を殺しました、今回もやる事は同じ、組織の指定した建物の屋上から標的の頭を狙って銃を撃つのです。


でも・・・何度も失敗して組織のボスに怒られてしまいました。


これは言い訳になるのですが護衛の女がとても優秀なのです!、いつも私が引き金を引く直前、目標の前を遮るように割り込まれてしまいます。


本当に優秀な護衛・・・こちらに視線を一切向ける事なく目標を庇う動きをするから何度も何度もトライしているのに上手く狙う事が出来ません。


こんなのは初めて・・・とてもイライラします、でもあまり時間が無いのです、何度も失敗すると私は「無能」「役立たず」の烙印を押されて組織から消されてしまいます・・・消された同僚の子は沢山居るし、私の手で消した事もあるから無能の末路はよく知っています。


早く任務を成功させないとダメなのに!。


今朝ボスから連絡がありました、「これが最後だ」・・・と、次に失敗すると私は消される、組織から私よりもっと強い暗殺者が送り込まれて・・・暗殺する側からされる側になってしまう・・・そんなの嫌です、今まで頑張って来たのに・・・。


くぅぅ・・・


お腹が空きました、組織から与えられたお金はごく僅か、私の食事とゴルゴの「カルカン」や「チュール」を買うとほとんど残りません、でもこれは組織の方針・・・大金を与えると裏切って逃亡する可能性があるから・・・。


残金1800円・・・まだ今日と明日の分はお金が残っています、モスバーガーとコーラ・・・モスチキンも食べたいけど我慢しなきゃ・・・任務決行は明日のお昼、お仕事が終わったら組織の人が迎えに来てくれる・・・。


「Mr.Katsuo Dashi , I'll kill you next time, so please wait・・・」


くぅぅ・・・きゅるるる・・・


「I'm hungry・・・」









※柚亜紫翼は門田泰明先生の黒豹シリーズが大好きです!。

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