第162話 Side - 15 - 88 - だしかつおのゆううつ -
Side - 15 - 88 - だしかつおのゆううつ -
私の名前は騨志勝雄(だしかつお)50歳、この国の内閣総理大臣だ、但し新米の・・・と頭に付くのだがね。
本来私は国の頂点に立つ器では無い、大臣になる事すらできないのではないか・・・と、今でもそう思っている、あの世界を揺るがせた事件が全てを変えてしまったのだ。
そうだな・・・まずは私が何故日本国の首相になったのか、経緯を説明しよう。
我が一族は代々政治家や芸術家を多く輩出して来た歴史の古い家だ。
だが祖先の中で突出した地位に上り詰めたのは私が初めて、祖父の厳縁(げんえん)は副大臣を務めたものの、父の那美平(なみへい)に至っては与党の一議員に過ぎなかった。
祖父や父の姿を見て育った私は父親を手伝い自然と政治の道に入った、良い大学を出て一流企業に勤めた実績を武器に祖父や父の強固な支持基盤を受け継ぎ、一度落選を経験したものの次の選挙では無事当選した。
50歳・・・国会議員としては若い方なのだろう、新しい首相の誕生は良くも悪くも話題になった、好き放題書き立てる新聞や週刊誌、テレビでも私の経歴や人となりが連日放送された・・・。
先ごろ長く政権与党の座に居た私の所属政党は度重なる不祥事で国民の支持を急速に失い4つに分裂、既存の利権や慣習が崩壊した。
幸い野党勢力が弱かった事もあり、この4つが連立して政治を担うだろうと言われた・・・中に居る政治家の顔ぶれは変わっていないが政党の名前だけが変わったようなものだ。
良く言えば心機一転、悪く言えば党名ロンダリング・・・、やらかした汚職は全て前の政党がやった事、うちは知らない、こう主張すれば単純な国民は騙されてくれるだろうという浅はかな考えだ、相変わらず政治の世界は汚い・・・。
どちらかというと保守寄りの私は自分の考える政策と合う思想を持った同志の居る政党に入れてもらおうか・・・そう考えていたある日、私に5つ目の新党を結成しないかと話が持ち掛けられた。
話の主は表に出ず影から日本を操っていると言われている政界の超大物、星噛離伯(ほしがみりはく)という男だ。
そんな人物など弱小議員だった私は知らない、父に相談したら知らないと言う、だが今年98歳になる祖父は顔色を変えた。
「星噛じゃと・・・持ち掛けられた話は絶対に断るな、あの家に逆らってはいけない、機嫌を損ねるな!、言われた通りにするのじゃ!」
病院に入院している祖父が点滴を引き抜き、唾と入れ歯を飛ばしながら私の肩を掴んでそう言った、汚ねぇな!、入れ歯が顔に当たったじゃないか!。
私は言われるままに星噛家を訪ね、話を聞き、政党を立ち上げた、それに伴う資金や人員は全て星噛家が出してくれるらしい、美味しい、美味し過ぎて胡散臭い話だ、私はどうなるのだろう・・・。
私の新しい政党名は「見覚党(みかくとう)」、よく似た名前の製菓会社がクレームを入れて来たが星噛家が謎の力を使って握り潰した。
掲げた政策は「宇宙人や異世界人、未来人、魔法使いを探して仲良くする!、一緒に遊ぶ!」などと言う冗談のようなものだった、党首はもちろん私だ、SNSや動画サイトでは散々イロモノ政党だと馬鹿にされた、あぁ・・・私の政治家生命もここまでか・・・そう思った。
だが・・・だが!・・・前政党の解散後に行われた総選挙で我が党は大勝、前政党から分裂した他の4つの党も選挙を勝ち抜き5つの政党による大連立政権が誕生した、前の政党と同じ顔ぶれだが・・・。
そして更に謎の力が働き、何故か私が他党の党首を差し置いて内閣総理大臣指名選挙を勝ち抜いてしまったのだ!、同期の議員には不思議がられ、大先輩の議員には星噛の後ろ盾だと言われた。
今日もテレビでは無責任なマスコミが騒いでいる、宇宙人の襲来に備え誕生した見覚党・・・、政党間、国家間、いや人類が争っている場合ではない!、首相は宇宙人とコンタクトを取るのか!、アメリカや中国はどう動く!・・・そんなニュースを聞きながら私はチベットスナギツネのような表情で呟いた。
「どうしてこうなった・・・」
内閣総理大臣になった戸惑いも関係各所への挨拶などで消えかけていた頃、後ろ盾である星噛家の使いだと言う女性がもうすぐ引き払う事になっている私の事務所に現れた。
「先生、お客様がお見えです」
「誰かな?」
「星噛と言えば分かる・・・と」
ガタッ!
「先生?」
「いや驚かせてすまん、通してくれるかな」
コンコン・・・
「そうぞ」
カチャ・・・
「初めまして、星噛離伯(ほしがみりはく)の使いで星噛紗耶香(ほしがみさやか)と申します」
「あぁ、その節は大変お世話になりました」
「就任おめでとうございます、我が当主よりお伝えしたい事がございます、お忙しいとは思いますが明後日正午、星噛家別邸まで御足労願えますか、自宅にお迎えに参ります」
「えぇ、すぐにスケジュールを確認・・・」
「問題ありません、その日の総理のスケジュールは空白になっておりますので」
「は?」
「何も問題ありません」
「・・・そうですか、それで伝えたい事というのは」
「我が国の政治を司る長が知っておかねばならない事について」
「・・・え」
「では、私はこれで失礼致します」
星噛家との約束当日、私の自宅マンション地下駐車場に1台の車が迎えに来た。
私は腐っても・・・腐ってないが・・・日本国の総理だ、護衛は不要、1人で来いとの事だったので言われた通り1人で待っていた。
ガチャ・・・
「お迎えに参りました、どうぞ」
スーツを上品に着こなした星噛紗耶香(ほしがみさやか)が車から降り、私が乗る側のドアを開けてくれたのだが・・・。
「これに・・・乗るのかな?」
「はい(ニッコリ)」
そんな爽やかに微笑まれても・・・いやこの娘・・・年齢は20歳前半だろうか、背は高く胸は貧相・・・いや控え目だ、まだ幼さは残るがシュッと引き締まった顔つきで、格好いいと可愛らしいが同居している・・・今そんな事はどうでも良いのだが、私は本当にこの車に乗るのか?。
「この車は?」
「私の愛車ですが(ニッコリ)」
「古い車だね」
「そうですね、大切にしておりますし、結構いじってあるのですよ、私こう見えて車が趣味で整備士資格も持っております」
「そう・・・」
ばむっ!
私が座席に座るとドアを閉じる軽い音がして星噛紗耶香(ほしがみさやか)は運転席側に回り車に乗り込んだ。
ばうぅぅぅん!
「・・・凄い音だね」
「エンジンをかなりいじってありますので」
「そう・・・」
ぶぉぅ!、ばぁぁぁん!・・・
「ホンダの車だね」
「はい!、ホンダ・トゥデイです」
「・・・」
がこっ!・・・ぶぉぉん!・・・がこっ!・・・きゅきゅっ・・・
「最高出力は80馬力に上げていてターボとインタークーラーも追加してあります」
「そう・・・」
「ニトロも積んでいるのですよ」
「・・・」
ばうぅぅん!、がこっ!・・・ぶぉぉぉ!・・・がこっ!・・・ばぁぁぁぁ!・・・・
「後部座席をフラットにしておりますのでもう1台の愛車シティに積んであるモトコンポも搭載可能です」
「・・・そうなんだ、凄いね」
ぶろろろろ・・・
「ちなみにシティはターボⅡブルドッグでございます」
「・・・そう」
「最近は交換部品の調達が難しくなっておりまして、お祖父様やお父様の権力を使って集めていたら怒られてしまいましたぁ、ふふっ・・・」
「・・・そう」
うー!、うー!、うー!・・・・
「・・・この・・・さい!・・・って・・・なさい!・・・」
「後ろからパトカーが来てるよ」
「あらいけない、お話が楽しくてつい飛ばし過ぎてしまいましたね、向こうはクラウン・・・振り切れるかな」
「ダメだよ止まって!」
うー!・・・うー!・・・
「そこのトゥデイ!、左に寄せて止まりなさい!、聞こえないのか!」
「チッ・・・仕方ありませんね」
ちかちかっ・・・がこっ!・・・ぎっ!・・・
くるくる・・・
「回して開ける窓は久しぶりに見たな・・・」
「こんにちは(ニコッ)」
「はい、お嬢さんこんにちは!、結構飛ばしていましたねー、速度制限50キロの所を25キロオーバーです、それにしてもトゥデイターボですか、私子供の頃あの漫画読んでましたよ、懐かしいなぁ!」
「・・・」
「では、後ろのパトカーに乗ってもらえますか?、おや、お隣はお父様ですか?・・・」
「やぁ、お仕事ご苦労様」
「げぇぇぇ!、ダーシー総理!」
そう、私は苗字が騨志(だし)だからSNSや支持層・・・オタクと呼ばれている人が多いが・・・その人達から親しみを込めて?ダーシーと呼ばれ始めているのだ。
「ぐすっ・・・違反切符切られた・・・総理と一緒なら見逃してくれると思ったのに・・・」
「職務に忠実な良い警察官じゃないか、まぁ中には「見なかった事」にする奴も居るが・・・私は軽蔑するね」
「うぅ・・・またお祖父様に怒られる・・・」
ぶぉぉん!・・・ぶろろろろ・・・ぎっ!・・・
がちゃ・・・
「こちらへどうぞ」
でかい屋敷の門を潜り、ガレージに車を停めた後、星噛紗耶香(ほしがみさやか)が私の座っている側のドアを開けた、ここには3回ほど来たのだが同じ場所に通された事がない。本当にここは東京なのか?、しかも超高級住宅地・・・。
「ありがとう」
コツコツ・・・
「それにしても君は背が高いね、モデルみたいで綺麗だ」
私は違反切符を切られてから急に大人しくなった星噛紗耶香(ほしがみさやか)に話し掛けた、間が持たないから単に何か会話しようとしただけなのだが・・・。
コツッ・・・
「わっ・・・急に立ち止まってどうしたのだ?」
私の前を歩いていた星噛紗耶香(ほしがみさやか)が急に立ち止まった、まずいな、最近では何気ない会話でもセクハラになる!、それで破滅した先輩議員など星の数ほど居るのだ、まさか背が高いのを気にしていたのか・・・。
ポロポロ・・・
「ひっく・・・うっく・・・ぐすっ・・・わぁぁ・・・」
本気(まじ)泣きしてますけど!。
「あの・・・星噛さん?」
「し・・・失礼しました、お恥ずかしい姿を・・・ぐすっ・・・私は学生の頃から背が高い事でいじめに遭っておりまして、大女、色気が無い、ブス、貧乳・・・と、お祖父様やお父様に相談しても・・・ひっく・・・星噛の娘たるものいじめ如きに対処できなくてどうするのか!・・・と、叱られて・・・うぅ・・・私、昔から気が弱くて言い返せなくて・・・毎日が辛くて・・・私に酷い事をする人間より手をかけてあげればその分応えてくれる車いじりに夢中になって・・・」
ダメだ!、予想以上に重い話になってしまった!。
「こちらです・・・ぐすっ」
ようやく泣き止んだ星噛紗耶香(ほしがみさやか)に連れて来られたのは純和風大邸宅の更に奥、この屋敷には似合わないドアのある部屋だった、最初は掃除道具入れかと思ったぞ、それに時間はあんな事があったのに約束の正午10分前・・・。
ガチャ・・・
ドアを開けて中に入ると和室ではない3畳ほどの小部屋だった、そこに佇む外国人の少女・・・スマホを手に持って眺めている。
「お願いします」
こくり・・・
星噛紗耶香(ほしがみさやか)が中に居た外国人少女に話し掛けた、スマホから視線を外し我々と向かい合った少女が頷く・・・何が始まるのだ?。
ぱぁっ・・・
「うわ眩しっ!」
少女が腕を上げると一瞬謎の光に包まれた、目が慣れて周りを見渡しても部屋はそのまま・・・白い壁の何もない部屋だ。
ガチャ・・・
「どうぞ」
星噛紗耶香(ほしがみさやか)が今我々が入ってきたドアを開けて私に外に出るよう促した、何がしたいのだ?、意味が分からない。
「何だ・・・これは・・・」
私達が部屋に入る前と今とでは廊下の様子が違うぞ!、同じような和風建築なのだが、先ほどより廊下が広く、左右ともに壁だったのに今は片方が縁側になっていて外には日本庭園が広がっている。
混乱する私を連れて星噛紗耶香(ほしがみさやか)が廊下の奥に向かう、そして障子の前に立ち・・・。
「お祖父様、騨志勝雄(だしかつお)様をお連れしました」
「入れ」
すっ・・・
「どうぞ・・・」
そこには大柄な・・・60歳ほどの男が座っていた、筋肉ムキムキでとても強そうだ。
ギロリと私を睨み、地を這うような低く威厳のある声で・・・。
「星噛家本邸によく来てくれた、儂(わし)は星噛家当主、星噛離伯(ほしがみりはく)である!」
「本邸・・・」
「おい、紗耶香(さやか)よ、目が赤いぞ、何故泣いておるのだ!、此奴に何かされたのか?」
「・・・い!、いえ!、彼女はここに来る途中スピード違反で切符を切られましてぇ!」
目の前の男が恐ろしくて思わず保身に走ってしまったぁ!。
「何ぃ!」
ビリビリ!
わぁ・・・怒声の音圧で障子が震えてるよ。
「ひぃぃ!、総理!、なんて事言うんですかぁ!」
すまん、星噛紗耶香(ほしがみさやか)くん、政治家は自分が一番可愛いのだ・・・。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます