序章 2
そこは六畳の洋室で、群青色の遮光カーテンが下がっていた。カーテンを開けることは禁じられていたけれど、眼下に公園があり、タコの形の滑り台を見下ろしていることは知っている。天井には丸い乳白色の電灯が張り付いていた。だけど、電気を付けることもまた、禁じられていた。
薄暗く湿った空気の中に、シングルベッドがポツンと置かれていた。壁はガラスのコレクションボードに占領されていて、等間隔にフィギアが並んでいた。緑色やピンク色、黒に茶色。制服やエプロンドレスや魔女のフード。髪型や服装は様々で、思い思いのポーズをとっている。共通しているのはどれも幼い少女の風貌をして、極端に短いスカートを履いていることだった。
薄明かりの中見下ろしてくる、無数の瞳が恐ろしかった。それらは輪郭がぼやけているのに、ギラギラとした悪意を放っているように見えた。
フィギアはどれも手の平にすっぽりと収まる大きさだった。けれど一体だけ、等身大の人形があった。男はその人形を「なっちゃん」と呼んでいた。黒髪を背中まで伸ばしていて、身長は百四十㎝くらい。子供のあどけなさに僅かに大人の気配が現われた顔をし、胸は控えめに膨らんでいた。
なっちゃんは何着もの衣装を持っていて、毎日男が服を着替えさせ、髪を結っていた。人形の身なりを整えた後、男はアキにも同じ服を着せ、同じ形に髪を結う。その前に必ずベッドに横たえて自分の欲求を満たし、記録を付けるように写真を撮った。
『あの子だけ特別扱いされて、ずるいよね』
『ちょっと本物の人間だからって、いい気になって』
『でも年を取るよ。そしたら、捨てられるんじゃない?』
『そこらに捨てたらバレるから、殺されるんじゃない?』
『いい気味』
フィギア達が囁き合い、そこかしこから笑い声が漏れる。
『いい気味』
『早く死んじゃえ』
壁際には等身大の人形が背中を壁に押し当てて、両足を前に放り出して座っていた。ガラスの瞳を前方に向け、口を一文字に結んでいる。アキはその隣に這って行き、同じ姿勢を取った。
身体のあちこちに、男の手や口やそれ以外の物が触れた感触が残って、気持ちが悪い。洗剤を泡立てて身体の内側全てを洗い流してしまいたい。
それが出来ないのなら、人形になりたい。同じ姿をして、同じ姿勢になる。こうしていたら、自分も人形になれないだろうか。人形になれたら、何も感じないでいられるはずだ。
『いいよ、代わってあげる』
ガラスの瞳を見開いたまま、なっちゃんがそう言った。
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