第6話 瀬奈は栄治と来なかった。
その後、瀬奈は何点か水着を試着したが、結局一番最初に士郎に見せた水着を買うことにした。
帰り道。渋谷から駒場までの道のりをゆるゆる歩く。
なだらかな登り坂。傾き始めた太陽はなおもじりじりと歩行者の体力を奪う。
パステルカラーの看板に瀬奈は思わず歩みを止めてしまった。
レモンスカッシュ専門店。
渇いた喉にシュワシュワと炭酸が弾けるのを想像して瀬名はもう何も考えられず衝動買いしてしまう。
額に汗をかいていた士郎にも一本買ってあげると「ありがとうございます!」と嬉しそうに受け取ってくれた。
レモンスカッシュをちびちびやりながら瀬奈と士郎は口数少なく歩く。
「あの」と士郎が口を開いたのは国道にかかる歩道橋を渡っている時だった。
「どうして、栄治さんと来なかったんですか?」
「士郎君に私の水着姿を見せて、反応を見るためかな」
国道を走る車を見下ろしながら瀬奈は答える。しかし、士郎は許してくれなかった。
「はぐらかさないでください」
「だって、栄治はきっと私が水着を買うのをあまりよく思わないだろうから。そんな縁起でもないことをしてる暇があったら少しでも遠くに移動しろ、って怒るよ。きっと」
「僕も栄治さんと同じ意見です」
「それは早苗さんに怒られるんじゃない?」
「よくは、ないですけど」
お二人はもっと話し合うべきだと思います。
そう士郎が言ったのを瀬奈は聞こえないふりをした。
気がつけば歩道橋を渡り終えていた。ここからは国立大学のキャンパスの側を通って路地に入れば早苗の事務所である。
キャンパス内の無機質なコンクリートのビル群が道路に影を落としている。
「栄治とは来られなかったけど」
瀬奈はくるりと振り返って士郎の方をみた。
「君と来られて私はよかったと思ってるよ」
士郎は不服そうな顔をした。僕はそうは思いません、と言うように。
瀬奈はそんな士郎の頭をワシャワシャと撫でた。小さい頃こうすると栄治は喜んだな〜、と思い出した。口では「やめろよ」と言いながら、楽しそうな幼い栄治の顔が思い浮かんだ。
「私が今日、楽しそうに買い物をしたこと、君は覚えていてくれると嬉しいな」
士郎は何も言わなかった。
約束だよ、と言って瀬奈はまた士郎の頭を撫でた。
***
士郎が瀬奈と共に早苗の事務所についた時だった。
ドアを開けて早苗と目が合うなり、早苗は『おかえり』も言わずに、
『海に行くぞ!準備して!』
と笑顔で言った。
瀬奈は満面の笑みで『はい!』と返事する。
面食らったのは士郎だ。瀬奈が水着を買った途端に海に行くことが決定した。
タイミングが良すぎる。
士郎は早苗の後ろで座っている栄治に目をやった。栄治と士郎は一瞬目があったが、栄治がすぐにそらした。不服を無理矢理噛み殺したような表情だった。
戦争は終わった。爆弾は残った。 下谷ゆう @U-ske
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