第5話 士郎は赤面した。


「あの、僕、店の外で待っててもいいですか?」


 士郎がおずおずというのに対して、瀬奈は首を横に振った。


「ダメだよ。ちゃんと意見を言ってくれないと」


 士郎が顔をしかめた。


 二人が来たのは百貨店の一角、水着売り場。


 もう夏も終わるというのに店内は若い女性で賑わっていた。


 士郎にはこのカラフルでガーリーな空間に入るのに抵抗があるだろうが、瀬奈は来てもらわないと困る。


 強引に士郎を引っ張る。士郎は顔を赤くして店に入る。

 目のやり場に困っていた。


 こんなに初心な反応をしておきながら、士郎は17歳というから驚きである。


 瀬奈は店内をぐるりと回って良さげな水着を見繕っていく。


「お、これいいな〜、士郎くんどう思う?」


 と言って、わざと際どい水着を士郎の目の前に持っていく。


 士郎は目を泳がせて、『あ、いいんじゃないですか?」と適当な返事をする。


 面白い。やっぱり年下をからかうのは面白い。


 栄治だったらどんな反応をしただろう?


 瀬奈は内心ニヤニヤしながらこのやりとりを何回か繰り返した。


 そんな遊びを繰り返しつつ、自分に合いそうな水着を持って試着室へ向かった。


 店の外に出たがる士郎をなだめて試着室の外で待ってもらう。


「早くしてくださいね。できるだけ早く」と必死な顔で念を押された。


 瀬名が試着室のカーテンをすぐ、心細そうな声をかけられた。


「あの、瀬奈さん」


 士郎だ。


 水着売り場に一人という状況にいたたまれなくなって声をかけたのだろう。


「どした?」


「どうして水着なんて……」


「今年はまだ海行ってないからね〜」


「これから行くつもりですか」


「うん、せっかくの旅行だし」


「旅行って……」


 カーテン越しに士郎が呆れているのが分かる。


 でも、これは旅行なのだ。


 たとえ誰がなんと言おうと。


 指名手配をされていようと。


 試着室の鏡に向かって瀬奈はにっこりと笑った。


「あいつも一緒だしね」


 そして瀬奈はカーテンを開けた。


 カーテンレールのシュッという音に振り返った士郎は瀬奈の姿を見て慌てふためいた。


「ちょっと、なんで急に開けるんですか!」


「士郎君に感想を聞こうと思って」


 両手を前に突き出して、瀬奈が視界に入らないようにしている。視線のやり場に困って士郎の瞳はあっちこっちに揺れている。


 それでも一瞬、瀬奈の方に視線が定まる時があって、『あ、この子もやっぱり男の子なんだな〜』と瀬奈は微笑ましく思う。


「ほら、別にガン見してもお姉さん怒ったりしないよ?」


「そんなしたくないですよ!他のお客さんもいるんで早く閉めてください!」


「でも、せっかく着たのに感想もらえないことにはな〜」


 わざと甘ったるい声で士郎をからかう。士郎も観念したのかゆっくりと手をどけた。


「あ」


 そう呟いて、顔を真っ赤にした士郎の視線が一点に固定された。


 水着で大胆に強調された瀬奈の胸元に。


 瀬奈は胸の前で腕を組む。


「えっち」


「あ、いや、違うんです、これは……」


 急いで弁明を試みる士郎を取り残して瀬奈はカーテンを閉めた。


 カーテン越しに声をかける。


「早苗さんに報告してあげようかな〜」


「ああ、やめてください。そんなことしたら末代までいじられる。どうかそれだけは……」


 カーテンの外で必死な士郎の声に瀬奈は思わず吹き出してしまった。


 しかし、そろそろからかうのをやめてあげないとかわいそうだろう。


 懸命に笑い声を押し殺しながらカーテンの外に声を掛けた。


「大丈夫。わかってるよ」




 

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