第3話 瀬奈と士郎は撮られた。
「えっと、士郎君、だったよね」
「……はい、あってます」
「なんで私たちは初対面で手をつないで写真撮られてるんだろ?」
「サナエさんの琴線に触れてしまったみたいで、すみません、すぐ終わります」
瀬奈と士郎が古びたシャッターの前で手をつなぎながらボソボソ喋ってるのをよそに『サナエさん』はシャッターを切りまくる。
謎の計器類がひしめきあう事務所の中でこの女性であった途端に、事務所の表で撮影会が始まってしまった。
「いいよ〜、美人なお姉さんと美少年が麦わら帽子被ってると絵になるね〜、あ、士郎、顔硬いぞ!もっと口角上げて!」
一心不乱にファインダーを覗く「サナエさん」の横で突如始まった撮影会を、栄治はただ眺めることしかできなかった。
「あの、これは?」と問うも、「うん? ああ、私の趣味。ちょっと待ってね」とあしらわれる。
明るいところで見ると、『サナエさん』の年歳は栄治や瀬奈の上、30代位に見えた。長い黒髪を後ろで一つに束ね、美人といえなくもない容姿だが、撮影をする後ろ姿はちょっと常人とは異なるものを感じる。
そんなことを考えていると、
「よし、ツーショットはこんなもんか。じゃあ、目つきの鋭いお兄さんも入ろうか」
と栄治も引っ張り込まれしまった。
撮影会は「いい加減にしてください!」と士郎がキレるまで続いた。
「いきなりなんですか!お二人ともびっくりしてるじゃないですか」
士郎が顔を真っ赤にして怒っている。対する『サナエさん』はいや〜、と悪びれない。
「こんな大都会の空に麦わら帽子の子が二人もいるんだよ?郷愁の念を感じるでしょ?写真撮りたくなるじゃん。全部麦わら帽子のせいだよ」
「あなたが被せたんでしょ!」
「いや、名案だと思うんだけどな〜、麦わら帽子を目印にして待ち合わせするの」
二人の言い争いは決着しそうにない。横から「あのー」と瀬奈が割って入る。
「あなたが清水早苗さんですか?」
清水早苗は振り返ると満面の笑みで言った。
「いかにも!」
***
そんな茶番みたいな撮影会が終わった後、栄治と士郎が車を取りに戻っている間、早苗と瀬名は事務所の2階で話をした。
「なるほど、開戦1年半後の配布か。型はどうやら『ヒバリ』かな」
雑然とした一階のガレージ奥の階段を上がった2階、古びたスチールデスクを前にして早苗は瀬奈と向かい合って座っている。早苗は手元のタブレット型端末から目線を上げて瀬奈を見つめた。
「識別番号を見せてもらってもいい?」
はい、と瀬奈はやや緊張した声音で返事をするとおずおずと4桁の数字を示した。
「うん、予想通りだ」
早苗はうなづくと手元のカップに口をつける。中に入っているのはカルピスである。早苗はコーヒーや紅茶は飲まない。最近では仕事の打ち合わせのほとんどをビデオ通話で済ませるので、来客用の飲み物なんて置いてない。よって、瀬奈の前のカップに入っているのもカルピスだ。
「暑くて喉が渇いていたので嬉しいです」と瀬奈は美味しそうに飲んでくれた。
「瀬奈ちゃんたちは茨城から来たんだっけ」
「はい、日立です」
「ここまで来るのは大変だったろう」
「ええ、大分迂回してきたので2日かかりました」
でも、楽しいこともありましたよ!、と瀬奈は道中見た車窓からの景色の話してくれた。瞳をキラキラと輝かせながら。
「日立も不発弾処理は進んでるの?」
早苗の問いに瀬奈の顔は少しだけ曇った。
「終戦の1年くらい前から軍の見回りが厳しくなって……、もう『管理者』はほぼゼロですね」
「そんな中、よく今まで『管理者』を続けたね。型もだいぶ旧式だ。正直信じられないよ」
「彼のおかげです」
瀬奈は少し誇らしげに微笑んだ。
その時、建物の表の路地に車が止まる音がした。
「着いたみたいだね。手伝いに行くとするか」
早苗は立ち上がると、瀬奈を引き連れて一階へ降りた。
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