第2話 秘密の研究所は駒場にあった。
その事務所は東京都目黒区駒場にあるという。
大学のキャンパスだったであろう空き地に車を止め、栄治と瀬奈はワゴンを止めて真昼間の住宅街を歩く。
カンカンに照らされたアスファルトは生卵を置けば途端に目玉焼きになってしまいそうなほど熱い。
そんな散歩には向かない天気だが瀬奈は楽しそうに歩いている。蒸し風呂のような車内よりはマシなのだろう。
「ご機嫌じゃん」
栄治が茶化すと、まあね、と瀬奈は笑った。
「これ、結構涼しいんだよ」
と言って被っている麦わら帽子をパタパタとして見せる。
最初こそ、「この歳で麦わら帽子か〜」と瀬奈は渋っていたが、被ってもらわないと目的地に着けない。
根気よく説得してなんとか被せたが、まあ、気に入ってくれて何よりだ。
そういえば、と栄治は思い出す。小さい頃から瀬奈とはずっと一緒にいるが麦わら帽子を被っているのは初めて見る。
そんな感傷に浸っていた時、
「あの!」
と背後から急に声をかけられて栄治は少々驚いた。
振り向いて、さらに驚く。
麦わら帽子を被った少年が立っていた。
ポロシャツにハーフパンツ。色白な顔に大きな瞳。田舎の農道で虫取りに勤しんでいて欲しいような格好をした少年。
すかさず、自称お姉さん気質の瀬奈は膝を曲げて少年と目を合わせる。
「どうしたんだい、少年?迷子かな?その帽子よく似合っているね」
とたんに少年は親の仇でも見るかのような不機嫌な顔をする。
「違います!あなたたちの道案内ですよ」
瀬奈は確認を求めるように栄治の方を振り向いた。
こんな小さい子に付いてくの?、と言わんとする目で見つめられる。
栄治は戸惑いながらも首を縦にふった。
***
麦わら帽子の少年は藍坂士郎と名乗った。
士郎について10分ほど歩くと
「ここです」
と、住宅街の一画を示した。
古びた三階建のビルで、一階部分のシャッターは閉じられている。
閑静な住宅街には似つかわしくない町工場のような建物だ。
「秘密の研究所のイメージとは違うな」
瀬奈がボソリと呟いた。
士郎がシャッター横の扉を開けて中に入る。
「なんじゃ、こりゃ」
栄治は思わず立ち止まった。
計器の森だ。打ちっぱなしのコンクリートの床や壁は年代を感じさせるほど薄汚れているのに、そこに置かれたディスプレイやよく分からないアームのついた機械は見るからに最新式だ。
そんな機械の類が狭い部屋に所狭しと並んでいる。
壁に目をやれば床から天井まで余すことなく金属のラックが据え付けられ書類の束やらアルファベットや数字の並んだカプセルがミッチリ詰められている。1立法センチメートルの空間も惜しいというような家主の気合を感じた。
「少しは『秘密の研究所』っぽいでしょうか」
士郎が茫然とする瀬奈と栄治を見ながら少し得意そうに言った。
「あー、着いたの、お帰りー!」
計器の森の奥の方、アームのついた大型機械の影から間延びした声がした。瀬奈は突然の声にびっくと一瞬身を竦めたがすぐに栄治の前に半歩出た。何が出てきても栄治を守れるように。
まただ、と栄治は思う。また姉ちゃんは俺を守ろうとする。頭一つ分下にある瀬奈の後頭部栄治は唇を噛みながら眺めていた。
「いやー、長旅ご苦労さんだったね〜」
機械の奥からひょっこりと女性が現れた。
背が高く手足も長い。針金のように細い彼女は白のシャツと細身のデニムパンツを着ており、どこかマネキンのようだ。
「あれ」
彼女は瀬奈と士郎を見るなり動きを止めた。ちょっと待ってて、とまた奥へ引っ込む。再び現れた彼女が手にしていたのは小型のデジタルカメラだった。携帯端末のカメラの性能の向上でデジカメを見るのは栄治が子供の頃の運動会以来だった。
「はいはい、みんな外出るよ〜」
「ちょっと、サナエさん!今帰ってきたんですけど」
士郎は抵抗を試みているも『サナエさん』の強引さに押し切られ栄治たちはまた外に押し戻されてしまった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます