戦争は終わった。爆弾は残った。
下谷ゆう
第1話 二人は逃げた。
戦争が終わって2回目の夏がもうすぐ終わろうとしている。
馬鹿みたいに空は晴れて、灰色の防音シートで包まれた高層ビル群の奥に、それは大きな入道雲が鎮座していた。
「うわ、もうだめだこりゃ」
コーラはぬるく気が抜けてもう飲めたものではない。
「そりゃ、こんだけ暑けりゃね」
後部座席二席分を広々と使って寝そべった
「栄治、もう少しクーラーは頑張れないの?」
「ダメだな。限界」
実家のガレージから引っ張り出してきたオンボロのワゴン車のクーラーは、もはや戦意を喪失したかのように生温かい風しか出さない。
「あー、もう頑張ってよ!瀬奈号!限界を超えろ!」
「なんで、うちの車が瀬奈号なんだよ」
「だって、今回出発の運転手は私だったし」
「姉ちゃん、日立から水戸までしか運転してないじゃん。そっから東京までほとんど運転したの俺じゃん」
「そりゃ、あんたが運転したいっていうからじゃん」
「そりゃ、姉ちゃんの運転が……」
栄治は言葉を飲み込んだ。
今更、瀬奈の運転の下手さを言ってもしょうがない。
ただでさえ、東京まで検問に怯えながらビクビクしながら移動するのだ。
危険運転で職務質問でもされたらたまらない、と運転を代わったのは栄治自身だった。
「それにしても進まないな」
栄治はコツコツとハンドルを叩きながら前の車を眺める。埼玉から東京へ県境を越えてから大渋滞である。日立からここまで走行中に窓を開けることで辛うじて涼をとってきたが、この渋滞ではそうもいかない。
「もう、隣の車列走れば?」
瀬奈は窓の外を指差す。オリーブ色の迷彩を施した軍用車がスイスイ走っていた。
首都復興指定道路。
政府関係車両以外はもちろん通行禁止である。栄治は肩をすくめて笑った。
「国防軍のみなさんに逮捕されたきゃね」
「まあ、栄治は顔が怖いから捕まるかもね。私は可愛いからなんとかなるよ」
「はいはい」
***
「見て!栄治!」
渋滞から抜けてようやくスムーズに走れるようになった頃、後部座席で瀬奈がはしゃいだ声をあげた。
「東京タワーだ!」
栄治も窓の外を見た。
栄治も瀬奈も東京に来るのはこれが初めてでだ。東京タワーは写真かテレビでしか見たことがなかった。
てっぺんが
大戦初期、無人防衛システムの運用方法が未確立であった時期になされた、東京大空襲。
延べ20万人が亡くなった弾道ミサイルの嵐の中で、全壊を免れた奇跡の塔、東京タワー。
国民の希望と復興の象徴として戦争終結後、2年の月日が流れても戦災遺構として保存されている。
「は〜、東京来てよかったな〜。実物初めてみるや」
辛い戦争を思い出すから、ということで東京タワーを見るのも嫌だ、という人もかなりいるが瀬奈は当てはまらないようだ。感嘆しながらスマホで連写している。
「姉ちゃん、わかってると思うけど、写真、SNSにあげちゃダメだぞ」
「え、もうあげたけど?」
「はツ!?」
危うくアクセルをベタ踏みするところだった。おい、そんなことしたら軍に居場所が……。
「嘘だよ」
ニヤニヤしながら後部座席から瀬奈がニュッと顔を出した。
「良い顔してるね。いただき」
カシャと撮影音。
「ああー、相変わらず凶悪な目つきだ。」
こいつ……。
「もう、次は笑ってよ」
瀬奈は後部座席から身を乗り出しながらスマホを持った手を伸ばす。ちょうど瀬奈と運転している栄治の顔が被写体として収まるように。
「はい、指名手配のポスターに使われも『この人無実かな?』って思わせるくらいの良い笑顔!」
「瀬奈お姉さま、こっち向きだと東京タワー写りませんが」
「いいの。東京タワー見てはしゃいでる私らの顔が思い出として重要」
「俺、そんなはしゃいでない…」
カシャ。
「はい、撮れた」
写真を確認して瀬奈はぷっ、と吹き出した。
「まあ、さっきよりマシかな」
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