エピローグ

第54話



 年が明け、新年最初の太陽の月。その年一番の輸送隊が来た日、ワレスはコーマ伯爵に呼びだされた。


「本日の輸送隊の便で、かねてより私が請願していた件に対し、皇帝陛下よりご勅書ちょくしょをいただいた。心して聞くがよい」


 伯爵は大広間の玉座の上から、大仰に書面をひらき、読みあげる。



『ユイラ国境第五砦第四大隊傭兵部隊所属ワレス小隊長。右の者、その活躍たるや万兵に匹敵す。よってここにその功績を認め、ディボルト城主コーマ伯爵家騎士の位を認め、正騎士エルミラの姓名を与うものとする』



 伯爵は勅書をワレスの前にかかげる。


「ユイラ皇帝サリウス陛下のご署名だ」

「身にあまる光栄にございます」

「そなたならば当然だ。この一年、起こる怪事件ほぼすべて、そなたが解決しているのだからな。身なげの井戸、前庭、裏庭、盗賊団の件、本丸での怪異。ほか多数。そなたほどの男を騎士として召しかかえられるとは、私も鼻が高い。これを励みにさらに辣腕らつわんをふるってくれ」

「粉骨砕身、努力いたします」

「近うまいれ」


 手招きされて、伯爵の足元にひざまずく。伯爵は正騎士の位を表す正ナイト勲章を、ワレスの胸につけた。


「よく似合う。これで、そなたが近衛隊に入ってくれれば言うことはないのだが」

「閣下。それは言わぬお約束」

「むう。強情だな。しかし、本日はめでたい。祝い酒を飲まねばな」


 なんだか、ワレス自身より伯爵のほうが喜んでいる。


(では、サリウス帝はおれと争うより、飴玉をなげてくるほうを選んだのか)


 この広いユイラで、もっとも高貴で、もっとも愛に飢えた者。

 夢で話しただけでわかった。彼はとても計算高い男だ。はるばる刺客を送って、寝ている死刑執行人を起こすより、懐柔して手駒にしておくほうが得策とふんだのだ。


 そのほうが、ワレスも助かる。サリウス帝はワレスの好きなタイプではなかったが、鏡に映る自分の虚像を見るようで、物悲しかった。できれば、争いたくない。


 ワレスが思案にふけるあいだも、伯爵の賛辞は止まらない。ようやく広間を辞する直前、伯爵は思いだした。


「そうそう。そなたに手紙を預かっていた。これだ」

「わたくしにですか?」

「ミレイン卿からな」


 都に帰ってしまえば、カークは皇帝陛下の寵臣だ。もう会うこともないだろうが、今になって手紙とは、なんだろうか?

 ワレスはラヴィーニが銀の盆に載せた手紙を受けとり、広間をあとにした。

 内塔の見張りはワレスの隊になっていた。階段口で正装のワレスを見ると、ハシェドは歓声をあげた。


「うわぁっ、隊長。ついに正騎士ですね。すごく似合いますよ」


 ハシェドに言われると、さすがにワレスも誇らしい。


「すぐに着替えてくるがな」

「もったいない」

「こんなチャラチャラしたかっこで見まわりができるか」


 笑って階段をあがり、自室に帰ったワレスは、乱暴に正装用のあれこれを体からむしりとる。裾長の衣服をベッドになげだすと、さっきの手紙がふところからこぼれた。


「ああ……カークからの」


 任務前だが、中身が気になって封を切った。



 親愛なるワレス小隊長へ


 その後、砦の暮らしはいかがかな? そなたのことだから、そつなくこなしているのだろう。


 あらためて筆をとったのはほかでもない。砦を去るとき、てれくさくて言えなかったのだが、どうしても一度は言っておかなければならないと思った。


 そなたにはほんとに感謝している。おかげで私は変われそうな気がする。あれ以来、努力しているせいか、多少、私的な会話のできる人物が増えてきたようだ。むろん、そなたと分隊長ほど親密ではないが。


 私はうらやましかったのだと言っただろうか? 心をゆるしあえる友のいるそなたが。

 だが、これまで私はなんの努力もしていなかった。学生時代の失敗のなかでふみとどまり、他人をうらやむばかりだった。

 たしかに私はそなたのように魅力的ではない。しかし、失ったものを嘆くばかりでは何も得られないのだと、そなたは教えてくれた。マレーヌはもういないが、私は生きている。この事実はどうにも変えられないのだと。そして生きているかぎり、大切なのは前をむくことだと、そなたは私に気づかせてくれた。


 そなたに言われなければ、私はいつまでもウジウジしているばかりで、今を変えるには自分が変わらなければならないのだと、気づきもしなかった。


 ありがとう。明日が今日より少しでもよくなるよう努めてみる。何年かたったとき、なかなかやるなとそなたに言わせられれば上々だ。そして、もしよければ、そのときは呼ばせてほしい。親愛なるわが友と。


 砦の冬は寒いのだそうだな。ご自愛願う。


 カーク・ル・ミレイン


 追伸

 エルミラという姓は私が陛下に進言したのだ。お気に召したかな? エルはエールから、ミラはミラーアイズからとった。



(エール……ユイラの古語で導きの光か)


 このミラーアイズの放つ光が、カークには導きの光に見えたのか。それほどに強く、気高く。


 ワレスは声に出して笑った。

「どいつもこいつも、おぼっちゃんで困る」


 正騎士の勲章にキスをして、ワレスは扉の外へ歩きだした。




 了

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る