第41話



 始まりの時を見つけろと、ガルキールは言った。それで初めて、ワレスの運命は変わる。


(始まりの時か。おれの家系に天馬の血が入ってきたときか? 愛する人を死なせてしまう、それが天馬の騎士の血を持つ者の宿命か? ラ・スターの人間たちも?)


 今すぐ皇都へ帰ることができたなら、ラ・スターの城をおとずれ、問いただしてみたい。この運命は本来、あんたたちのものだったのか、と。もし、そうだと答えが返ってきたなら、ワレスのすべきことは一つだ。つまらない雑種の家に悪魔の血を持ちこんだラ・スター家のバカ者をまだ未遂のときにまで時を超えて探しだし、殺す。そうすれば、ワレスは運命から解き放たれる。あるいは、そのときはワレスの存在じたい消えてなくなるかもしれないが、それも悪くない。


(ほんとに愛する人とだけは結ばれてはならない。こんな空虚な人生なら、存在しなくてもいい)


 見つけたいと思った。

 始まりの時を。

 それでだろうか?

 ワレスは飛んでいた。ロンドにつれられて、夢の世界を浮遊している。


 見つけたいと強く念じて目をこらすと、下方に青い光が見えた。あの光だ。時間軸のなかで、整然とならぶ青い星。その一つが急速に大きくなって、視界にひろがる。


 それはまるで、手つかずの自然だ。町も村も、人造物は何もない。草木もまばらな広大な荒野を、男が歩いている。ワレスに気づいて顔をあげた。まちがいない。この男だ。彼はワレスとそっくり瓜二つの顔をしている。違うのは髪の色だけ。淡い雪のようなプラチナブロンドに、あざやかな青いミラーアイズ。今のワレスより、少しだけ……そう、神聖な気配がした。人間とは別のものに見える。人にはない力を持つ何かのような……?


 男は腕に女をかかえていた。派手な金色のえりまきをした黒髪の少女だ。ワレスのいる上空からはハッキリと見えない。だが、その白いおもてが、この世のものとも思われぬほど美しいことだけは見てとれた。


(おれは知っている。この景色。この夕暮れの荒野。旅をしていた。誰にもゆるされない……愛だから?)


 どこまでも逃げ続けるしかない。この世の果てまでも。



 約束よ。今度、生まれてくるときは、必ず、わたしたち……。



 女の声を耳元に聞いた気がした。

 すると、ワレスによく似たミラーアイズの男が……天馬の騎士が微笑した。


《行きなさい。今はまだ、そのときではない》


 ゾクリとした。

 男はたしかに時間軸のむこうにいるはずなのに、そのが明瞭にワレスのもとまで届いたのだ。三千年か四千年か、もしくは五千年か。気の遠くなるような時間をかるがる超えて。


 気づくと、あの古代の景色は見えなくなっていた。むこうの男が何かしたのかもしれない。いや、そうに違いない。あの男には、それほどの力があった。


(なんだ……あれ? あんなの、人間じゃないだろ?)


 人ではない力を持つ何か。それが自分の運命の血の始まりだというのか。


(まちがいなかった。あいつだ。あれがだ。絶望的なことに、あれをどうにかしなければ、おれは救われない)


 彼らは古代の衣装を着ていた。あの男が何千年も昔の存在であるのは疑問の余地がない。ユイラの民族衣装のもとになった古い形の衣服だった。


 ことはワレスが期待するほど単純なものではなかった。ワレスは何代か前に、ラ・スター家の誰かが可愛い小間使いと浮気でもして、ミラーアイズの隠し子を生ませたのではないかと考えていた。が、その起源が何千年も前におよぶなら、時間を超えるだけでも生半ではない。そのさきに待っている、あの人ならざる男と戦うことを除外するとしてもだ。


 ましてや、あの男。あんなものがどうにかできるだろうか? ロンドたち司書なんかとは、魔術師としての力量が、てんでケタ違いだった。やるのならば自分のすべてをすてて、全身全霊でかからなければならないという司書長の言葉は正しい。中途半端な気持ちで勝てる相手じゃない。いや、全力でもきっと負けるだろうが。


 じゃあ、おれは、やっぱり自分の運命におびえ、ほそぼそと愛の感触を指さきでなぞりながら、これまでどおり生きていかなければならないのか……?


 苦悶するワレスの耳に、ふいに声が聞こえる。


《ワレスさん》


 すっかり存在を忘れはてていたが、ロンドがいっしょだったのだ。


《いたんだったな。見たのか? おまえも》


 相性がよすぎるのも考えものだ。


《あやうく翔びそうになりましたよ。あなたがあんまり強くひっぱるから》

《あいつをどう思う?》

《手強そうな相手です》

《だよな》


 そう答えるということは、ロンドはワレスがどんな運命を背負っているのか、知ってしまったのだろうか。まあ、それでもいい。ロンドは正気をたもっていられないほどのツライ過去を経験している。だから、おたがいさまのような気がした。


《いつか、おれも本気でアレに対峙しなければならない日が来るのか?》

《たぶん。さっきの男も、今はそのときじゃないと言っていましたし》


 たしかに、そう言っていた。でも、あの男からは敵意が感じられなかった。邪悪な運命の根源はもっと別のところから来ているのか?


《そろそろですよ。ワレスさん。夢魔の世界が近づいている》


 ここはワレスの無意識の世界。二人はかなり深く意識の底まで来ているようだ。


 眼下には眠るワレスの深層意識が見せるさまざまな夢が、花弁をひらいては閉じる花のように、輝いては消えていく。長い時間、咲いている夢もあれば、またたくまに薄れる儚い夢もある。ガラス細工のように美しい花のなかには、笑っているワレスも、泣いているワレスもいた。ルーシサスも、マイルーザも、今では忘れてしまった誰かの姿も、夢のなかでは鮮明だ。


《ワレスさん。見てください。あの奥にだけ、変な糸みたいなものがついていますよ》


 ワレスの夢の端につながって、青白いもやのようなものを吸っている。糸の一方はチクリと刺した針の傷跡みたいな微小な空間に続いていた。


《あれですね》

《ああ》

《行きますよ》


 ワレスたちは赤黒い傷跡のむこうへ突入した。

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