第29話

 *



 病人を四号室に集め、とりあえず一段落ついた。ワレスたちは、一号室の全員で朝食をとった。その帰りだ。内塔と本丸をつなぐ扉をぬけ、一階の武器庫に入ったところで、ハシェドが口をひらく。食堂ではエミールがウルサイし、ウワサがひろまると兵士たちに混乱を招くので、ここまで話をひかえていたのだ。


「つまり、昨日、隊長が案じておられたように、同じ空気を吸うと伝染うつる病気ではないのですね?」

「たぶんな。薬づけの司書はともかく、サムウェイがピンピンしてるとなると」

「まさか、隊長。それで昨日、わざとサムウェイ小隊長に会いに行ったわけじゃないですよね?」


 ワレスはハシェドを見つめて嘆息した。


「おまえ、いくらなんでも、おれをそこまで人でなしだと思ってるのか?」

「いや、たまに隊長は大胆になられるので……すみません」

「次はもっと超絶難解なクロスワードを作ってやるから、見ていろよ?」

「えっ? そんなぁ」


 ワレスたち一行は武器庫から二階へはあがらず、反対側の扉から井戸のある中庭へむかった。まだ湯をわかさなければならないほど寒くはない。洗顔や歯磨きついでに行水するつもりで支度してきている。井戸端で水を使い始めると、今度はクルウが言いだす。


「おそらく、水や食糧が病因でもありませんね」


 そう言われて、ぬぐのをちょっとためらった。病気の件ではない。先月、ハシェドの気持ちを誤解して、になったときに、クルウと肉体的な関係を持ってしまった。ワレスはハシェドの代わりだったし、クルウは行方不明の恋人の代わりだった。だから、感情のもつれる要素は今のところないはずだ。が、あのあと、クルウの恋人は死んだ。あのときの軽はずみを後悔していないとは断言できない。ワレスのことをうとましくは思わないのだろうか?


(それで殺す——ということはないのだろうが……)


 クルウは以前から自分の考えを表に出さないので、本心がわかりにくい。するどい観察眼を持ち、策士でもある。彼がただワレスに気があると思っていたうちは、あるていど信用していた。でも、あのときの本音がわからない今となっては、測りがたい感じだ。

 ワレスはクルウの彫りの深い端正なおもてを見ながら慎重に答えた。


「隊によって使う井戸は違うが、地下水脈で通じている。それに食糧は近衛隊も正規隊も傭兵も、すべて同じ食堂で作られている。それらが原因なら、どこかの隊に被害が集中するはずがないな」


「解決の目処はついているのか?」と聞いてきたのはミレインだ。

 今日のミレインはおとなしい。原因不明の病気のせいで、すっかり気落ちしている。あるいは、そう見せかけている。


「いえ、まだわからないことが多すぎますので。しかし、ご心配なさらずとも、病気なら魔法使いが専門です。彼らがなんとかしてくれるでしょう」


 それよりも、ワレスにはミレインの尻尾をつかんで、バルバスの死の真相をつきとめる義務がある。


 タイムリーにハシェドがたずねる。

「バルバスは病気じゃなかったですよね?」


 かえりみたワレスはドキリとした。ハシェドはさきに服をぬいで水をあびている。褐色の肌は日差しを受けて、つややかに輝いていた。


「ああ……バルバスには針で刺された傷あとがあった。ほかの兵士たちと死因が違う」

「ですよね。ラグナも哀れです。親友が亡くなり、今朝には自分が病気になり」

「そうだな」

「ラグナのやつ、昨日は一日、聞きまわっていたんですよ。バルバスが一号室に入るところを見た者がいないか」

「でも、それは分隊長たちに調べさせただろう?」


 ハシェドの裸体につい目を奪われそうになるのを、むりに抑えて、自分も服をぬぐ。


「隊長に報告するほどじゃなくても、親友だったラグナに頼まれれば、なんとか思いだそうと頭をふりしぼりますよ。兵隊どうしなら気軽に話せますし」

「たしかに、それはあるだろうな。同情もあって、協力を得やすい」


 ラグナはワレスの部屋を出ていくとき、何か決心するような顔をしていた。独自にバルバスの死について調べるつもりでいたわけだ。


(残念だな。ラグナが病気にかからなければ、新事実が聞けたかもしれないのに)

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